砂糖は「悪」なのか?甘さをめぐる現代の道徳論
アメリカ人は年間平均54キロの砂糖を消費する。砂糖を断つことが「美徳」とされる時代に、私たちは食と健康をどう考えるべきか。栄養士の視点から読み解く。
「砂糖を食べる人は意志が弱い」——そんな空気が、いつの間にか社会に広がっていませんか?
コーヒーショップでシロップを断る。誕生日ケーキの前で罪悪感を覚える。スーパーの棚でラベルを読み込み、「隠れた砂糖」を探し出す。これはもはや健康管理ではなく、ある種の道徳的な試練になっています。
年間54キログラム——見えない砂糖の現実
アメリカ人が年間一人あたり平均で消費する砂糖は約120ポンド(約54キログラム)。これは体重60キロの人の体重に匹敵する量です。しかし問題は「どれだけ食べているか」だけではありません。砂糖はケーキや菓子だけに潜んでいるわけではないのです。
ブルックリンを拠点とする管理栄養士のマヤ・フェラー氏は、こう指摘します。「ケチャップにも砂糖が入っています。トマトソースにも。箱入り、瓶入り、缶詰、冷凍食品——加工食品にはほぼ必ず添加されています。お菓子だけの問題ではないんです。」
日本でも状況は似ています。コンビニのおにぎりの具材、市販のドレッシング、スポーツドリンク。「甘くない」と思っている食品にも、砂糖は静かに潜んでいます。消費者庁の調査によれば、日本人の砂糖摂取量の約3割が加工食品由来とされています。
「砂糖を食べる=悪い人」という新しい道徳観
フェラー氏が注目するのは、砂糖に対する社会的な「道徳化」です。「1980年代にも砂糖を控える動きはありました。でも当時は『砂糖を食べる人は悪い人だ』という雰囲気はなかった。今は完全に道徳の問題になっています。」
この変化の背景にあるのが、ウェルネス文化の台頭です。「痩せていること」「健康であること」が美徳とされる価値観の中で、砂糖を食べることは「自己管理ができていない証拠」として見なされるようになりました。SNSで「砂糖断ち チャレンジ」が拡散し、インフルエンサーが「クリーンイーティング」を推奨する時代。食の選択が、その人の人格評価と結びついてしまっているのです。
日本でもこの傾向は無縁ではありません。「糖質オフ」「低糖質」を謳う商品は年々増加し、糖質制限ダイエットは一つのライフスタイルとして定着しています。しかしその一方で、「甘いものを食べた」という罪悪感を訴える声も、栄養相談の現場では増えているといいます。
「なぜ減らしたいのか」——栄養士が最初に聞く質問
フェラー氏のアプローチは、まず「なぜ?」と問うことから始まります。「糖尿病や高血圧、心血管疾患が心配なのか。それとも単純に食べ過ぎていると感じているのか。理由によって、アドバイスは全く変わります。」
彼女が強調するのは、急激な断糖は逆効果だということです。「現実的に考えて、添加糖をゼロにするのは難しい。昨夜も夕食でデザートが出てきました。もし私が添加糖を一切食べないルールにしていたら、その場に参加できなかった。」
彼女が勧めるのは、段階的な削減と「特別感の復活」です。「昔は家族でアイスクリームを食べに行くことが、特別なイベントでした。今はその特別感が失われています。甘いものを特別な瞬間として楽しむ——それだけで、関係性は変わります。」
これは日本の食文化とも深く共鳴します。季節の和菓子を大切な人と味わう、旅先でその土地の銘菓を買い求める——甘いものを「ハレの日」の楽しみとして位置づける文化は、日本に根強く残っています。問題は、その「ハレ」が日常化してしまったことかもしれません。
「甘さ」は本当に再訓練できるのか
フェラー氏によれば、味覚は時間をかければ変えられます。「液体の砂糖(ジュースやソーダ)なら、1日半杯ずつ減らすアプローチが有効です。固形の甘いものなら、1日の砂糖との『接触回数』を3回から2回に減らすことから始める。」
重要なのは、生活全体に適用できる変化であること。「仕事中はOKだけど、リラックスタイムは別」という例外を作らず、すべてのシーンに適用できる習慣にすることが、持続可能な変化につながるといいます。
また、甘いものをストレス解消の「ご褒美」として使うことについて、フェラー氏は意外にも否定しません。「1日を生き抜いた後に甘いものを楽しむことを、私は否定しません。ただ、それが4時間続くアクティビティにならないように。」
記者
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