ホンダがEVを捨てた日——その代償は?
ホンダが主要EV開発プログラムを全て停止。電動化と「ソフトウェア定義車両」という二つの波に乗り遅れるリスクと、日本の自動車産業全体への示唆を読み解きます。
昨年、ホンダは約1兆6000億円の損失を計上した。その主因として同社が挙げたのは、中国市場での競争力低下だった。「新興EVメーカーより優れたコストパフォーマンスを提供できなかった」と、ホンダ自身が決算報告で認めている。
そして今週、同社はその答えとして——EVからの撤退を選んだ。
何が起きたのか
ホンダは2026年3月、電動アキュラ RDX、Honda 0セダン、Honda 0 SUVという3モデルの開発を停止した。これらはホンダが初めてゼロから設計に取り組んでいた純粋なEVだった。さらに翌日、Automotive Newsの報道により、GMが設計・製造を担ったプロローグの生産停止も明らかになった。
表向きの理由は、米国の関税強化と中国メーカーの台頭という「外部環境の悪化」だ。しかし業界アナリストの多くは、より根本的な問題を指摘する。ホンダはそもそも、実効性のあるEV戦略を持っていなかったのではないか、と。
二つの波に乗り遅れる
EVの開発は、単にエンジンをバッテリーに置き換える作業ではない。フォードのマスタング マッハEはその典型的な教訓を示している。既存の内燃機関プラットフォームを改造してEVに仕立てた結果、テスラと比べてワイヤーハーネスだけで約32キログラムも重くなった。小さな設計上の妥協が、複雑な製品の中で次々と連鎖する。ゼロから設計するEVは、こうした負の遺産を持たない。
しかしホンダが失うのはEVの経験だけではない。もう一つの大きな波——「ソフトウェア定義車両(SDV)」への対応も、同時に遅れることになる。
SDVとは、車のコア機能をソフトウェアで制御し、購入後もアップデートで性能が向上する車のことだ。テスラ、リビアン、BYD、そして中国のNIOや小米(シャオミ)のユーザーは、すでにこの体験に慣れ親しんでいる。EVの大容量バッテリーは、車載コンピューターへの安定した電力供給と、駐車中のOTA(無線)アップデートを可能にする。EVとSDVは技術的に切り離せない関係にある。
ホンダが内燃機関にとどまる限り、この分野での競争力獲得は著しく困難になる。
日本の自動車産業への問い
ここで視野を広げると、ホンダの選択は日本の自動車産業全体に重なる問いを浮かび上がらせる。
トヨタもまた、EVへの移行に慎重な姿勢を維持してきた。ハイブリッド技術での優位性を持つトヨタの戦略は一定の合理性を持つが、中国市場での販売台数は近年、急速に減少している。日産は経営再建の渦中にあり、EVへの本格投資どころではない状況だ。
一方で、日本はEVに不可欠な部品——パワー半導体、電池材料、精密モーター——の製造において世界的な強みを持つ。村田製作所、TDK、住友電工といった企業は、どのメーカーがEV競争に勝っても部品を供給できる立場にある。完成車メーカーが苦境に立たされても、サプライヤーとしての日本の存在感は当面維持されるかもしれない。
しかし、完成車メーカーとしての日本ブランドが将来も存在感を保てるかは、別の問いだ。
ホンダのアイデンティティ危機
ホンダはエンジンの会社だ。軽量で、よく走り、信頼性が高い。それがホンダの価値だった。
だが、EVはガソリン車より構造がシンプルで、部品点数が少なく、理論上は故障しにくい。「信頼性」というホンダの強みが、EV時代には当たり前の水準になりうる。価格競争では、バッテリーコストの低下を背景に中国メーカーが圧倒的な優位を築きつつある。
さらに自動運転技術が普及すれば、「ドライバーズカー」という概念そのものが問い直される。ホンダが長年磨いてきた「走る喜び」は、どこへ向かうのか。
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