「燃料切れ」で走り続ける6300万人の介護者たち
アメリカでは6300万人以上が介護者として生活している。仕事・育児・介護を同時に抱える「サンドイッチ世代」の燃え尽き症候群と、その回復への道筋を、AARP専門家の実体験から探る。
車のガソリンが底をつく寸前——そんな感覚で、毎日を生き延びている人が日本にも世界にも無数にいる。
Amy Goyer さんは、20代のころから祖父母の介護を始め、その後は両親と妹の世話を同時に担い続けた。全米最大の高齢者支援団体 AARP の介護専門家という肩書きを持ちながら、彼女自身が破産を経験した。「4人分の人生を生きているようだった」という言葉は、統計ではなく、生身の記憶から出てきたものだ。
「もらいストレス」という見えない重荷
アメリカでは現在、6300万人以上が何らかの形で家族の介護を担っている。そのうち50歳未満の介護者のほぼ半数が、親の介護と子育てを同時に行っている。いわゆる「サンドイッチ世代」だ。
Goyer さんが特に注目するのが「セカンドハンド・ストレス(もらいストレス)」という概念だ。介護される側の痛みや不安、悲しみを、介護する側が文字通り「吸収」してしまう現象を指す。「ケアを受ける人との間の膜が薄くなっていく感じ」と彼女は表現する。風邪をうつされるように、感情がうつっていく。
職場の燃え尽き症候群と決定的に違うのは、「辞める」という選択肢がないことだ。愛する人を置いて立ち去ることは、ほとんどの介護者にとって現実的ではない。だからこそ、燃え尽きのサインを見逃しやすく、回復も遅れがちになる。
ガソリンスタンドの「気づき」
Goyer さんがある日、ガス欠寸前の車でガソリンスタンドに飛び込んだとき、ふと思った。「満タンにした車は、走りが違う。なぜ私は自分に対して、空のタンクのままで同じパフォーマンスを求めているのか」。
そこから彼女が実践し始めたのは、「小さな補給」の積み重ねだ。10分のストレッチ、友人への電話、週に一度のピラティス。「60ドル分を一気に入れられなくても、10ドル分ずつ入れ続ければいい」という発想の転換だった。
そして彼女が学んだもう一つの原則は、「何でもできるが、全部はできない」ということ。何を自分がやるべきで、何を他者に任せるべきか——この仕分けが、長期的な介護を続けるための鍵だと言う。
誰も語らない「お金」の話
介護の負担の中で、最も語られにくいのが経済的な問題だ。Goyer さんの両親は財務アドバイザーを持ち、できる限りの準備をしていた。それでも、両親が同居するようになると住宅ローン、食費、衣料費が積み重なり、長年にわたる介護の末に彼女はクレジットカードの債務で破産に追い込まれた。
「恥ずかしく、つらい経験だった。でも、同じ状況にある介護者は無数にいる。だから公に話す」と彼女は言う。
アメリカではMedicare(高齢者向け公的医療保険)が長期介護費用をカバーしないという事実を、多くの人が知らないまま介護に入る。特別養護老人ホームや有料老人ホームのコストは「法外に高い」と彼女は言い、大多数の人が在宅介護を選ぶのは愛情からだけでなく、経済的必然からでもある。
日本社会への問い
日本は2025年、団塊世代が全員75歳以上になる「超高齢社会」の節目を迎えた。介護離職者は年間約10万人に上り、「ビジネスケアラー」——仕事をしながら介護をする人——は300万人を超えると推計される。
日本では「家族が介護するのは当然」という文化的規範が根強く、介護者自身の疲弊やメンタルヘルスの問題は見えにくい。「もらいストレス」という概念すら、多くの介護者には届いていないかもしれない。
一方で、介護保険制度や地域包括支援センターといったインフラは存在する。問題は、それを「使っていい」と思える心理的許可を、介護者自身が自分に与えられるかどうかだ。
AARP が提供する「介護者のためのケアガイド」のように、日本でも介護者支援の情報は少しずつ整備されつつある。しかし、「自分を後回しにすることが美徳」という価値観が変わらない限り、制度だけでは届かない人たちが残り続ける。
記者
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