卒業式という「共有の場」を誰が支配するか
ミシガン大学の卒業式で教員が一方的な政治的立場を表明した事件を通じて、「正義の側」という信念がいかに権力の乱用を正当化するかを考察する。
「あなたたちは歴史の正しい側にいる」——その言葉が、7万人の聴衆の前で語られたとき、誰も反論できなかった。
卒業式で起きたこと
2026年春、ミシガン州アナーバー。ミシガン大学の卒業式は、例年通りミシガン・スタジアムに約7万人の卒業生とその家族を集めて開催された。しかしその朝、教員評議会議長で歴史学者のデレク・ピーターソンが壇上に立ち、卒業生たちへのメッセージとして、イスラエルとハマスの紛争に関する明確な政治的立場を表明した。
彼は「この大学の偉大さは、学生活動家たちの勇気と信念の上にも成り立っている」と述べ、「親パレスチナの学生活動家たちが、過去2年間にわたって私たちの心を開いてくれた」と称賛した。女性解放運動、公民権運動、ユダヤ系学生の権利運動——ミシガン大学の歴史を彩ってきた社会変革の担い手たちと、現在の親パレスチナ活動家たちを同列に並べ、「進歩的な活動家は歴史の正しい側にいる」という物語を提示したのだ。
この発言が行われた背景には、アナーバーで続く緊張がある。地元では親パレスチナ活動家による器物損壊、嫌がらせ、脅迫行為が相次いでいた。民主党系の大学評議員ジョーダン・アッカーの自宅には、夜中に尿の入った瓶が窓から投げ込まれる事件も起きている。また、親パレスチナ学生組織Students Allied for Freedom and Equality——全国組織Students for Justice in Palestineのミシガン支部——は、2023年10月7日のハマスによる攻撃を支持する声明を出している。
「歴史の正しい側」という物語の罠
ピーターソンの語りは、多くのリベラルな大学人にとって馴染み深いものだ。「平等は寛大な指導者から与えられたのではなく、社会的非難を恐れずに立ち上がった活動家たちが勝ち取ったものだ」——この歴史観自体は、ある程度の真実を含んでいる。
しかし、この物語には致命的な選択バイアスが潜んでいる。進歩的な活動家が「歴史の正しい側」にいると信じられるのは、うまくいった運動だけが記憶されるからだ。1940年代に連合国への支援に反対したデモ、1970年代の原子力発電阻止運動、冷戦期の全体主義体制を擁護した左派活動家たち——これらもまた、同じ「正義の活動家」たちが担った運動だった。
さらに深刻なのは、「活動家は本質的に正義の側にいる」という前提が、彼らを批判不可能な「聖職者階級」へと昇格させてしまうことだ。特定の行動や主張への疑問は、「若者の理想主義と情熱への敬意の欠如」として退けられる。イスラエルの過剰な反撃への怒りやパレスチナ市民の苦しみへの共感は正当だとしても、それは運動が掲げるすべての立場——たとえばテロ攻撃の支持——を免責する理由にはならない。
「共有の場」は誰のものか
この問題の核心は、パレスチナ問題への賛否ではなく、公共の場の使い方にある。
卒業式は大学コミュニティ全体のものだ。その場で、特定の政治的立場を「正義」として提示し、反対意見を暗黙のうちに「不正義」と位置づけることは、共有空間の私的占有に他ならない。ピーターソン自身が、自分が称賛した活動家たちと同じことをしていたのだ。
実際、ミシガン大学ではイスラエル支持の学生たちも抗議活動を行っていたが、ピーターソンの「正義の活動家」リストには含まれなかった。「学生活動家への敬意」という言葉は、実際には「進歩的な学生活動家への敬意」を意味していた。
日本の大学文化においては、卒業式での政治的発言は極めて異例だ。式典の場における「和」の重視、教員の政治的中立性への期待という観点から見ると、このような発言は日本社会では想像しにくい。しかしだからこそ、「共有の場で誰が何を語る権利を持つか」という問いは、普遍的な意味を持つ。
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