「学問の自由」vs「社会正義」:メロン財団を巡る米国大学界の深刻な分裂
米国最大の人文学研究資金提供者メロン財団が「社会正義」重視に方針転換。研究者は資金獲得のため政治的配慮を迫られ、大学教育の根幹が揺らいでいる
ウェズリアン大学の学長が、黒人ジャーナリストを人種差別主義者の政治家と比較した。500万ドルもの研究助成金を受け取った大学のトップが、である。
この一見理解し難い出来事の背景には、米国の高等教育界を二分する深刻な対立がある。争点の中心にあるのはメロン財団—米国最大の人文学研究資金提供者として、事実上の独占的地位を築く10億ドル規模の財団だ。
「学者活動家」時代の到来
2018年、詩人出身のエリザベス・アレクサンダーが財団理事長に就任して以来、メロン財団は劇的な変貌を遂げた。2020年、アレクサンダーは「今後すべての助成において社会正義を優先する」と宣言。この方針転換により、研究者たちは厳しい選択を迫られることになった。
問題の核心は資金力の圧倒的格差にある。メロン財団の人文学分野への助成額は、連邦政府予算を数倍上回る規模だ。この現実が、多くの研究者に「政治的配慮」という名の自己検閲を強いている。
ウェズリアン大学のケースは象徴的だ。同大学はマイケル・ロス学長の在任中に1,300万ドル超の助成を受けており、うち500万ドル近くがアレクサンダー体制下での獲得分だ。「反人種差別リーダーシップ研修」や「社会正義カリキュラム」導入のための100万ドル規模の助成も含まれている。
建前と本音の狭間で
しかし皮肉なことに、100万ドルの「反人種差別研修」を受けた大学の学長が、批判的記事を書いた黒人記者を人種差別主義者のジェシー・ヘルムズ上院議員になぞらえる事態が発生した。この矛盾は、現在の助成制度が抱える根本的問題を浮き彫りにしている。
ロス学長の反論は、メロン財団の影響力に対する実質的な反駁を避け、記事執筆者の人格攻撃に終始した。「研究者は資金提供者の意向に合わせて申請内容を調整するものだ」という彼の発言は、図らずも政治的圧力の存在を認める結果となった。
日本の大学関係者にとって、この状況は決して対岸の火事ではない。日本でも近年、企業や政府からの研究資金が大学運営に与える影響が議論されている。特に、文部科学省の科学研究費補助金や企業との共同研究において、研究の方向性が資金提供者の意向に左右される懸念は常に存在する。
「多様性」という名の画一化
興味深いのは、「多様性」を掲げる取り組みが、実際には思想の画一化を促進している可能性があることだ。カリフォルニア大学デービス校の「ファシズム時代のトランス解放」研究や、ポートランド州立大学ジェンダー研究学科の「統治不可能」を目指す取り組みなど、メロン財団が支援する研究プロジェクトの多くは、特定のイデオロギー的立場を前提としている。
こうした状況は、日本の大学が直面する課題とも共通点がある。日本でも、研究の「社会実装」や「社会貢献」が重視される中で、基礎研究や人文学の価値をどう位置づけるかが問われている。米国の事例は、外部資金への依存が学問の自由に与える影響について、重要な示唆を提供している。
記者
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