銀行はなぜブロックチェーンを「非公開」にしたいのか
DRWのドン・ウィルソンCEOが指摘する通り、ウォール街の機関投資家がパブリックブロックチェーンを敬遠する本質的な理由とは何か。透明性と守秘義務のジレンマを読み解く。
「すべての取引を公開する」――それは、機関投資家にとって受託者責任の放棄に等しい。
2026年3月26日、ニューヨークで開催されたDigital Asset Summitで、老舗トレーディングファームDRWの創業者兼CEOであるドン・ウィルソン氏はそう断言しました。ブロックチェーン技術への期待が高まる一方で、ウォール街の大手金融機関がパブリックチェーンに背を向ける理由を、彼は明確な言葉で語りました。その核心は、テクノロジーの問題ではなく、「実装の問題」です。
透明性という「諸刃の剣」
パブリックブロックチェーンの最大の特徴は、誰でも全取引を閲覧できる「完全な透明性」です。ビットコインやイーサリアムはその代表例で、すべてのトランザクションがオンチェーン上に刻まれます。
しかし、ウィルソン氏が指摘するのは、この透明性が機関投資家の取引戦略を根本から破壊するという現実です。例えば、ある大手機関が保有する株式を段階的に売却しようとしているとします。その初期の取引がオンチェーンで可視化された瞬間、他の市場参加者はパターンを読み取り、後続の取引に「巨大な価格インパクト」を与えます。さらに深刻なのは「フロントランニング」の問題です。取引の順序を操作できる第三者が、機関投資家の注文を先回りして利益を得られる構造は、「金融市場には全くふさわしくない」とウィルソン氏は述べています。
DRWは1992年に設立され、2014年には機関向け暗号資産取引デスクCumberlandを立ち上げた、この分野の先駆者です。その経験から見えてくるのは、技術の進化と金融機関の現実の間にある、埋めがたいギャップです。
ウォール街が選ぶ「別の道」
ウィルソン氏の発言は、業界の大きな流れと一致しています。JPモルガンをはじめとする米国の大手銀行は、すでに独自のプライベートブロックチェーンシステムを構築・支援してきました。これらのシステムは、取引の閲覧・検証ができる参加者を限定する「パーミッション型」の設計を採用しています。
一方で、トークン化(実物資産のブロックチェーン上での表現)の機会は本物だとウィルソン氏は認めます。株式、債券、その他の資産クラスをオンチェーンで扱う試みは、世界中の銀行や資産運用会社で進んでいます。ただし、その「器」はパブリックチェーンではなく、プライバシーとアクセス制御を優先した設計になるべきだ、というのが彼の主張です。
「プライバシーは優先事項のトップにある」とウィルソン氏は言います。この言葉は、暗号資産コミュニティが長年掲げてきた「オープン性こそが価値」という哲学と、真っ向から対立します。
日本の金融機関にとっての意味
この議論は、日本市場にとっても無縁ではありません。三菱UFJフィナンシャル・グループや野村ホールディングスなど、日本の主要金融機関もデジタル資産への取り組みを加速させています。日本は2023年に改正資金決済法を施行し、ステーブルコインの発行・流通に関する規制整備でアジアの先頭を走ってきました。
しかし日本の金融機関の文化は、もともと「慎重さ」と「情報管理の厳格さ」を重視します。顧客情報の保護、取引戦略の秘匿、規制当局への対応――これらすべてが、パブリックチェーンよりもプライベートチェーンへの親和性を高めています。ウィルソン氏が描く未来像は、ある意味で日本的な金融文化と親和性が高いとも言えます。
ただし、課題もあります。プライベートチェーンは相互運用性に乏しく、異なる機関・異なる国のシステム間での資産移転が複雑になります。グローバルな資本市場で活動する日本の金融機関にとって、「どのシステムと繋がるか」という選択は、今後の競争力を左右する戦略的決断になるでしょう。
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