交渉中の爆撃:核外交の信頼は回復できるか
米国がイランとの核交渉中に軍事攻撃を実施。この「前例」が北朝鮮交渉や核不拡散体制に与える影響を多角的に分析します。日本の安全保障にも直結する問題です。
交渉のテーブルについている相手国を、同時に爆撃することは許されるのか。
2026年3月、米国はイランに対して「オペレーション・エピック・フューリー」と呼ばれる軍事攻撃を開始しました。問題は、その時点でイランと米国の代表団が核交渉の真っ只中にあったという事実です。これは偶然ではありません。2025年6月にも、ジュネーブでの協議が進む中、米国は「オペレーション・ミッドナイト・ハンマー」を実施し、フォルドウ、ナタンズ、イスファハンの3カ所のイラン核施設を標的にしていました。
同じパターンが、わずか9カ月の間に二度繰り返されたことになります。
「ゼロ備蓄」合意の直前に何が起きたか
エピック・フューリーが始まる前日、オマーンの外務大臣バドル・ビン・ハマド・アル・ブサイディ氏——この交渉の主要な仲介者——は、イランが「ゼロ備蓄」に合意したと発表していました。これは、テヘランが濃縮ウランを全て手放し、高濃縮されていた核物質を中性レベルに希釈し、国際原子力機関(IAEA)による「完全かつ包括的な検証」を受け入れるという内容でした。
核外交の専門家たちは、この条件が実現していれば、オバマ政権時代に締結された「包括的共同行動計画(JCPOA)」に匹敵する合意になっていた可能性があると指摘しています。つまり、外交的な突破口が目前に迫っていた可能性があるのです。
それでも攻撃は行われました。
イランの交渉担当者たちはその後、仲介者を通じて「また騙されたくない」という懸念を表明しています(Axios報道)。交渉が次の軍事攻撃のための時間稼ぎに使われたのではないかという疑念は、今後の対話を根本から困難にします。
信頼という「外交的資産」の喪失
核軍縮交渉において、信頼は単なる感情的な要素ではありません。それは外交そのものを機能させる基盤です。
歴史を振り返れば、米国とソ連という冷戦期の宿敵同士でさえ、インドとパキスタンという核保有の隣国同士でさえ、交渉のテーブルでは「相手は誠実に行動している」という前提を共有することで合意を積み重ねてきました。1968年に成立した「核兵器不拡散条約(NPT)」も、核保有国が非核保有国に対して軍事的優位を使わないという信頼の上に成り立っています。現在、南スーダンを除く世界のほぼ全ての国がこの条約に署名しています。
今回の米国の行動が最も深刻な影響を与えるのは、北朝鮮との将来の交渉かもしれません。
2026年3月初旬、北朝鮮は「戦略的巡航ミサイル」のテストを実施し、水中・水上からの核攻撃能力が向上していると主張、海軍への核兵器配備を進めていると発表しました。もし米国が北朝鮮と核・ミサイルプログラムについて二国間交渉を試みるとすれば、イランでの前例は北朝鮮に「交渉は攻撃の口実になりえる」というメッセージを送ることになります。
日本の安全保障にとって何を意味するか
ここで日本の読者に問いかけたいのは、この問題が遠い中東の話ではないという点です。
日本は米国との同盟を安全保障の根幹に置いています。しかし今回の展開は、米国が「信頼できる交渉相手」として機能できるかという問いを提起しています。北朝鮮の核・ミサイル問題は日本にとって直接的な脅威であり、その解決には外交が不可欠です。米国の信頼性が低下すれば、六者協議のような多国間枠組みへの参加国を確保することも難しくなります。
また、核不拡散体制が弱体化すれば、将来的に核保有を検討する国が増える可能性があります。それは日本が位置する東アジアの安全保障環境を、より不安定なものにします。
核外交の研究者デバク・ダス氏は、今後の懸念として次の点を挙げています。まず、核保有の閾値にある国々が、交渉に臨む際に核・ミサイルプログラムの一部を「将来の米国の攻撃に対する保険」として手放さない可能性があること。次に、将来の核交渉では中国や欧州連合といった第三者の関与が必要条件となり、米国単独での外交が困難になること。そして、ある政権が結んだ合意が次の政権によって破棄されるリスクが、米国の国際的コミットメントへの信頼を恒常的に損なうことです。
軍事力が外交の代替手段として機能するという誘惑は、信頼が失われた状況ではさらに強まります。しかしそれは、問題を解決するのではなく、より複雑な問題を生み出す可能性があります。
記者
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