イラン戦争が変えるベトナムの働き方
イラン戦争による燃料価格高騰を受け、ベトナム政府がCOVID以来最大規模のテレワーク推進を呼びかけ。エネルギー危機が東南アジアのサプライチェーンと日本企業に与える影響を多角的に分析。
戦争は、遠い中東の出来事のはずだった。しかし今、ハノイの市民はガソリンスタンドに列を作り、ベトナム政府は「できるだけ家にいてください」と国民に呼びかけている。
何が起きているのか
2026年3月10日、ベトナム貿易省は国内企業に対し、従業員のテレワーク推進を正式に要請した。背景にあるのは、米国・イスラエルによるイラン攻撃が引き起こした国際的な燃料供給の混乱だ。ジェット燃料価格はすでに60%急騰しており、ベトナム政府は航空税の引き下げも検討している。ハノイでは市民がガソリンを求めて列を作る光景が見られ、エネルギー不安は日常生活にまで波及し始めている。
この規模のテレワーク推進は、COVID-19パンデミック以来最大のものだ。当時は感染対策という明確な目的があったが、今回の動機はエネルギー安全保障という、より複雑な問題だ。同じ「家にいる」という行動でも、その意味合いは大きく異なる。
なぜ今、これほど重大なのか
ベトナムは東南アジアの製造業の中核を担う国だ。アップルのサプライヤーやサムスン電子の主要工場が集積し、日本企業も多数進出している。トヨタ、ホンダ、パナソニック、キヤノン——これらの企業にとって、ベトナムの物流・エネルギーコストの上昇は直接的なコスト増につながる。
特に注目すべきは航空貨物への影響だ。ジェット燃料が60%高騰すれば、航空輸送コストは大幅に上昇する。「安価で速い」とされてきたベトナム発の航空貨物は、その競争力を失いかねない。日本向けの電子部品、衣料品、農産物——これらの輸送コストが上がれば、日本の消費者物価にも影響が及ぶ可能性がある。
さらに視野を広げると、今回の事態はエネルギー安全保障の脆弱性を改めて浮き彫りにしている。ベトナムは石油輸入国であり、中東情勢の変動に直接さらされる。タイのサイアムセメントがエチレンプラントを停止するなど、周辺国でも連鎖的な影響が出始めており、東南アジア全体のサプライチェーンが揺らいでいる。
異なる視点から見ると
企業の立場からすれば、テレワーク推進は短期的なコスト削減策として歓迎できる面もある。燃料費の節約だけでなく、オフィス維持費の削減にもつながる。しかし、製造業が主力のベトナム経済では、工場労働者はテレワークができない。恩恵を受けるのはホワイトカラー層に限られ、格差が生じるという現実がある。
一方、日本社会の文脈で考えると、興味深い逆説が見えてくる。日本はここ数年、テレワーク推進に苦労してきた。文化的な「出社主義」が根強く、リモートワーク比率はパンデミック後に急速に低下した。しかしベトナムは、エネルギー危機という外圧によって、再びテレワークへの転換を迫られている。「働き方改革」を内発的に進められなかった日本と、外圧によって変化を余儀なくされるベトナム——どちらが持続可能な変化を生み出せるだろうか。
政府の視点では、今回の措置は応急処置に過ぎないという見方もできる。航空税の引き下げ検討は、価格上昇の痛みを和らげる短期策だ。しかし根本的な問題——中東依存のエネルギー構造——には手が届いていない。ビングループがヨーロッパやフィリピンでグリーンエネルギー事業を拡大しているように、民間セクターは長期的な解決策を模索し始めているが、それが実を結ぶまでには時間がかかる。
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