ガス価格30%超急騰:欧州は冬に備えられるか
イランによるカタール・ラスラファン施設攻撃でLNG供給が最大5年間影響を受ける。EUはガス貯蔵目標を引き下げ、日本など東アジアのエネルギー安全保障にも深刻な影響が及ぶ可能性がある。
日本のLNG輸入の一部を支えてきたカタールが、今、戦火の中にある。
2026年2月28日に始まった米・イスラエルによるイランへの軍事行動は、中東のエネルギー地図を塗り替えつつあります。イランはイスラエルによる南パルスガス田攻撃への報復として、カタールのラスラファン工業都市を攻撃。世界のLNG供給量の約20%を担うこの施設が被害を受け、カタールの輸出能力は17%低下、その影響は最大5年間続く可能性があると国営のQatarEnergyは発表しました。
その余波は即座に価格へと現れました。開戦以来、EU域内の天然ガス価格は30%以上上昇し、原油価格に至っては50%超の急騰を記録しています。
EUが動いた:貯蔵目標の引き下げという苦渋の選択
この状況を受け、EUのエネルギー担当委員ダン・ヨルゲンセン氏は3月21日、加盟国に対し「できる限り早期に」ガスの備蓄作業を開始するよう求める書簡を送りました。
注目すべきは、従来90%と定められていた冬季ガス貯蔵目標を80%へと引き下げることを提案した点です。これは一見、安全基準の後退に見えます。しかし委員の意図は異なります。夏の終わりに各国が一斉に備蓄を急ぐ「エンド・オブ・サマー・ラッシュ」を避け、より長い期間をかけて緩やかに充填することで、価格への圧力を分散させようという戦略的判断です。さらに「困難な状況」と委員会が判断した場合、最大20%の逸脱も認める柔軟性も示されました。
ヨルゲンセン委員は「EUのガス供給は現時点では比較的保護されている」としながらも、「純エネルギー輸入地域として、高騰・乱高下する世界市場の影響を免れない」と警告しています。ウクライナ戦争以降、EUはロシア産エネルギーへの依存を断ち切り、主に米国産LNGへとシフトしてきました。カタールからの調達は全体の約9%に過ぎませんが、ホルムズ海峡を通るタンカー航行が戦争によって制約されることで、間接的な競合圧力が高まっています。
日本への影響:「対岸の火事」では済まない理由
ここで日本の読者が注目すべきは、QatarEnergyのLNG輸出先の約80%がアジア向けであるという事実です。中国、日本、インドが主要な買い手であり、日本はカタールから年間約800万トンのLNGを輸入しています。これは日本の総LNG輸入量の約10〜15%に相当します。
東京電力や東京ガスなど、カタールとの長期契約を持つ日本企業は、契約条件によっては直接的な供給減の影響を受ける可能性があります。さらに、スポット市場での調達コストが上昇することで、電気・ガス料金への転嫁圧力も生じかねません。2022年のエネルギー危機で家庭の光熱費が急騰した記憶はまだ新しいはずです。
一方、日本政府はこうした事態を見越し、エネルギー源の多様化を進めてきました。豪州、米国、マレーシアなどとの供給網の分散は、今回の危機においてある程度の緩衝材となり得ます。しかし、世界市場でのLNG争奪戦が激化すれば、調達コストの上昇は避けられません。製造業の競争力、とりわけエネルギー集約型産業への影響も注視が必要です。
三つの視点から読む:誰が何を考えているか
欧州の視点から見れば、今回の危機はロシア依存脱却後に構築してきたエネルギー安全保障の枠組みが、中東の地政学リスクという別の脆弱性を抱えていたことを露わにしました。米国産LNGへの依存が高まる中、トランプ政権下での米欧関係の不確実性も重なり、エネルギー政策の再考を迫られています。
アジアの買い手の視点では、代替供給源の確保が急務となります。特に中国は、ロシア産パイプラインガスとの組み合わせで影響を緩和できる可能性がありますが、日本やインドは選択肢が限られています。
産油国・ロシアの視点からすると、皮肉なことに今回の混乱はロシアにとって追い風になりかねません。制裁下でも需要が高まる可能性があり、あるいは交渉カードとして活用される懸念もあります。
記者
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