「なぜこの会議を入れたんだ?」が生んだ53億ドル
AIチップメーカーCerebras SystemsのIPOが成功。ベンチャー投資家が「渋々」参加した会議から始まった10年の物語が、半導体業界と投資の常識を問い直す。
「なぜ私はこの会議に来てしまったんだ」——Benchmarkのベンチャーキャピタリスト、Eric Vishriaは会議室の椅子に座りながら、自分のアシスタントに苦情のメッセージを送っていた。2016年のことだ。その会議が、53億ドル超の価値を生み出すことになるとは、本人さえ知る由もなかった。
「GPUはAIに向いていない」——第3枚目のスライドが変えた世界
2026年5月、Cerebras SystemsのIPOが成功裏に完了した。初日の取引価格は1株300ドル超に達し、Benchmarkが保有する1,760万株超の評価額は53億ドル以上に膨らんだ。Benchmarkがこの会社に投じた総額は約2億7,000万ドル。初期ラウンドで取得した株式の約80%は1,800万ドルほどで購入したとされており、投資対効果は数十倍に及ぶ計算だ。
しかし話はIPOの数字から始まらない。始まりは、Vishriaが「ハードウェア投資は10年ぶり」と認識しながらも、なぜか日程に組み込まれていた一つの面談だった。Cerebrasの共同創業者でCEOのAndrew Feldmanが第3枚目のスライドで言い放った言葉が、彼の態度を一変させた。「GPUは実はディープラーニングに向いていない。ただ、CPUの100倍マシなだけだ」。Vishriaは「なぜグラフィックス用プロセッサがAIに最適なはずがあるか」という問いに、初めて気づいた瞬間だったと振り返る。
もっとも、確信だけでは投資は決まらない。VishriaはBenchmarkの創業パートナーで半導体に詳しいBruce Dunlevieを連れてきた。チップのパッケージングや冷却技術についての厳しい質問が飛び交い、Vishria自身は「犬がテレビを見ているような状態だった」と笑う。Dunlevieの結論は「難しい。失敗例も多い。しかしこのチームならやれるかもしれない。ただし市場があるかどうかが問題だ」というものだった。
8年半の「地獄」と、予期せぬ転換点
Cerebrasが直面した困難は尋常ではなかった。同社が開発したのは、通常のGPUとは桁違いに大きな「ウェーハスケールエンジン(WSE)」と呼ばれるチップだ。あまりに大きいため、既存の冷却技術では対応できず、独自の冷却方法を発明しなければならなかった。ウェーハに40本のネジを同時に打ち込む専用機械も、割れないよう一から設計した。
資金調達も険しかった。累計5億ドル超を調達した時点でも、チップはまだ開発中。2022年のベンチャー冬の時代にも再度の調達を余儀なくされた。Vishriaは何度も「自分たちは何をやっているんだ」と自問したという。
転機は約18カ月前に訪れた。AIトレーニング向けに設計されたチップが、実は「推論(インファレンス)」——つまり学習済みモデルが回答を生成する処理——でも卓越した性能を発揮することが判明したのだ。そのタイミングで、世界のAI需要が爆発的に拡大した。顧客はOpenAIとAWSに広がり、売上は前年比2倍に達し、黒字転換も果たした。
2024年には一度IPOを試みたが、主要顧客であるアブダビのクラウドプロバイダーG42への依存度と国家安全保障上の懸念から審査が長引き、断念を余儀なくされた。しかしその「失敗」が顧客基盤の多様化を促し、今回のIPO成功の土台となった。
日本の半導体産業にとって何を意味するか
Cerebrasの成功は、日本の産業界にとっても無関係ではない。日本政府はTSMCの熊本工場誘致に1兆円超の補助金を投じ、次世代半導体の国産化を目指すRapidusプロジェクトも進行中だ。AIチップ市場でNVIDIA一強の構図が崩れ始め、Cerebrasのような新興プレイヤーが台頭するとすれば、製造パートナーとしてのTSMCや、素材・製造装置で世界をリードする東京エレクトロン、信越化学工業などへの影響も考えられる。
また、日本のスタートアップエコシステムという観点でも示唆は大きい。Cerebrasが成功した要因の一つは、創業チームが以前の会社(SeaMicro)をAMDに売却した「実績」だった。FeldmanCEOは「過去の成功した出口実績は、VCの不確実性を一部消してくれる」と語る。日本でも近年、連続起業家(シリアルアントレプレナー)への注目が高まっているが、ハードウェア領域での長期投資を支える忍耐力あるVCが育っているかどうかは、まだ問われ続けている課題だ。
日本の大企業——たとえばソニーのイメージセンサー事業や、AIを活用した製造ラインを展開するトヨタ、あるいはNTTのAIインフラ戦略——にとっても、推論チップの性能向上とコスト低下は直接的な恩恵をもたらす可能性がある。AIチップの選択肢が増えることは、NVIDIA依存からの分散という観点でも、調達戦略を再考する契機になり得る。
本コンテンツはAIが原文記事を基に要約・分析したものです。正確性に努めていますが、誤りがある可能性があります。原文の確認をお勧めします。
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