自由への一歩が、229年後に消された
1796年、奴隷だったオナ・ジャッジは大統領官邸から脱走した。その記憶を刻んだ展示が2026年に撤去された。歴史を「選ぶ」行為が、社会に何を意味するのかを考える。
大統領が夕食をとっている間に、一人の女性が静かに扉を開けた。
1796年5月21日の夜、オナ・ジャッジはフィラデルフィアの大統領官邸を抜け出した。彼女の主人は初代大統領ジョージ・ワシントン。逃亡奴隷を追跡する法律が存在し、捕まれば南部の農園に送り返される時代だった。それでも彼女は走った。自由を求めて。
その勇気ある脱走から229年が経った2026年5月21日、フィラデルフィア市はこの日を「オナ・ジャッジ・デー」として制定した。しかし同じ年の1月、彼女の足跡が刻まれた歩道の展示パネルは、連邦政府の手によって撤去されていた。
大統領官邸の「不都合な真実」
フィラデルフィアの独立記念館からわずか数メートルの場所に、かつて大統領官邸が立っていた。「すべての人間は平等に創られた」という独立宣言が生まれた場所のすぐそばで、初代大統領は9人の奴隷を所有しながら暮らしていた。
ジャッジはその一人だった。彼女はマーサ・ワシントンの専属侍女として、着替えの補助、髪の手入れ、洗濯、子どもの世話まで、あらゆる身の回りの世話を担った。重労働の合間に暖炉の管理や床磨きも行った。報酬はなかった。選択肢もなかった。
転機が訪れたのは1796年春だった。ワシントン大統領の退任が近づく中、マーサはジャッジを孫娘への「結婚祝い」として贈る計画を立てた。これを知ったジャッジは、廃刊紙『リベレーター』のインタビューで後に語っている。「バージニアに戻れば、二度と自由になれないとわかっていた。だから私も荷造りを始めた。どこへ行くかもわからないまま」。
その後、彼女はニューハンプシャーに渡り、生涯を自由人として過ごした。ワシントン大統領は彼女の返還を求め続けたが、果たされることはなかった。
2010年12月、この歴史を伝える展示「新国家の形成における自由と奴隷制」がフィラデルフィアの独立記念公園に開設された。連邦の土地におけるアメリカ初の奴隷制記念展示だった。歩道には女性の靴型をした足跡が埋め込まれ、ジャッジが自由へと踏み出した瞬間を静かに記念していた。
展示撤去と法廷闘争
2026年1月22日、国立公園局がその展示を撤去した。トランプ大統領が2025年3月に署名した大統領令が根拠とされた。その令には、「建国の父たちや合衆国の遺産を貶めるとみなされる資料を排除する」という文言が含まれていた。
フィラデルフィア市長シェレル・パーカーはただちに反発した。「2006年に結ばれた市と連邦政府の協定では、展示内容の変更には双方の協議が必要だ」と声明を発表。市は連邦内務長官と国立公園局代行局長を提訴し、ペンシルバニア州も支持の法廷意見書を提出した。
連邦地裁判事シンシア・ルーフは、保管中のパネルへの損傷を防ぐよう政府に命じ、最終的にすべての展示の復元を命じた。判決文の中で彼女はジョージ・オーウェルの『1984年』を引用し、政府の行為を「歴史的真実を解体しようとする試み」と批判した。
一方でトランプ政権は同時期、ワシントンとアーリントン国立墓地に撤去されていた南軍将校アルバート・パイクの銅像2体を復元した。奴隷制の記録を消し、南軍の記念碑を戻す——この対比は、多くの市民の目に明確なメッセージとして映った。
「選ばれた歴史」が社会に語りかけるもの
ここで立ち止まって考えたいのは、歴史の「撤去」という行為が何を意味するかという問いだ。
トランプ政権の動きは、今回の展示撤去だけに留まらない。DEI(多様性・公平性・包摂性)政策の廃止、奴隷制400周年を論じた「1619プロジェクト」への対抗措置として設置された「1776委員会」——これらは一貫して、アメリカの歴史における人種問題の語り方を再定義しようとする試みとして読める。
2026年はアメリカ独立宣言署名から250周年にあたる。国家的な祝祭ムードの中で、何を祝い、何を省みるかという問いは、より鋭さを増している。
日本でも、近現代史の教科書記述をめぐる論争は繰り返されてきた。従軍慰安婦問題や南京事件の記述、靖国参拝の是非——「国家の歴史をどう語るか」は、日本社会にとっても決して他人事ではない問いだ。歴史の「不都合な部分」を公共の場でどう扱うかは、その社会が自国をどう理解しているかを映す鏡でもある。
テンプル大学のフィラデルフィア校で公民権法とアフリカ学を教えるティモシー・ウェルベック教授は言う。「ジャッジの物語は、アメリカの歴史を語る上で不可欠だ。それを消そうとする試みがある今こそ、語り続けることに意味がある」。
本コンテンツはAIが原文記事を基に要約・分析したものです。正確性に努めていますが、誤りがある可能性があります。原文の確認をお勧めします。
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