砲声の中の棕櫚の主日——戦火のレバノンで祈る人々
イスラエルとヒズボラの衝突が続くレバノンで、キリスト教徒たちは棕櫚の主日の礼拝を守り続けた。1,238人以上が死亡した戦火の中、信仰と日常を守ろうとする人々の姿から、宗教・アイデンティティ・平和の意味を問う。
教会の鐘が鳴り響く中、爆撃機の音が遠くから聞こえてくる。それが、2026年3月29日のレバノンの現実だった。
砲声と聖歌の間で
この日、レバノン全土のキリスト教会では棕櫚の主日(パームサンデー)の礼拝が行われた。イエス・キリストがエルサレムに入城したことを記念するこの日は、復活祭前の最後の日曜日にあたり、キリスト教徒にとって一年で最も重要な週の始まりを告げる。ベイルートの南郊外ダーヒイェに近いマロン派カトリック教会は、満員の礼拝者で埋め尽くされた。かつてにぎわっていたダーヒイェは、イスラエルの退避命令と空爆によって今や廃墟に近い状態にある。それでも人々は集まった。
南部の港湾都市ティールでは、状況はさらに厳しい。周辺の橋がイスラエルの爆撃で破壊され、同市は事実上、国内の他地域から孤立した状態にある。それでも教会の鐘は鳴り、聖歌隊の歌声が石造りの聖堂に響き渡った。
レバノン保健省の発表によれば、3月2日以降のイスラエルによる攻撃で少なくとも1,238人が死亡、3,500人以上が負傷した。イスラエル地上軍はリタニ川に向けて進軍を続け、ヒズボラは過去24時間だけでもイスラエル軍に対する数十件の作戦を実施したと発表している。紛争は2ヶ月目に突入し、拡大の一途をたどっている。
「私たちはここにいる」という抵抗
ティールで礼拝に参加した41歳のロゼス・カトラさんは、古い石造りの教会の中からこう語った。「戦争が続き、悲劇が続き、周りで破壊が続いていても、私たちはこの土地に留まっています。今日は棕櫚の主日、私たちは祝っています」。
ベイルートの20歳の大学生、マヒア・ジャムスさんの言葉はより率直だ。「今ここで爆撃はないけれど、誰も安全じゃない。キリスト教徒も、誰も。その影響から逃れられる人はいない」。
この言葉が示すのは、単なる恐怖ではない。レバノンには1975年から1990年まで続いた内戦の記憶がある。キリスト教徒とイスラム教徒の間の宗派的対立が国を引き裂いたあの時代の傷は、今も癒えていない。しかし今、礼拝者たちが口をそろえて言うのは「今回は違う」ということだ。イスラエルとヒズボラの衝突は、宗派を問わずすべてのレバノン人を巻き込んでいる。
なぜ、今この映像が重要なのか
メルキト・ギリシャ・カトリック教会のティール大司教ジョルジュ・イスカンダル師がティールの聖トーマス大聖堂でミサを執り行う映像は、単なる宗教行事の記録ではない。これは、紛争下における「日常性の維持」という人間の根本的な営みの記録だ。
国際社会の目は往々にして、戦闘の数字——死者数、爆撃回数、領土の変化——に向きがちだ。しかし砲声の中で棕櫚の枝を掲げる人々の姿は、数字が語れない何かを伝えている。それは、アイデンティティとは何か、という問いだ。
レバノンのキリスト教徒は人口の約30〜35%を占め、マロン派、ギリシャ正教会、メルキト派など多様な宗派に分かれている。彼らはレバノンの複雑な宗派政治の中で、常に独自の立場を模索してきた。ヒズボラはシーア派イスラム教の武装組織であり、今回の紛争の直接の当事者だ。しかし、その影響は宗派の境界を越えて広がっている。
日本人読者への接続点
日本とレバノンの間には、直接的な軍事的利害関係はほとんどない。しかし、この紛争が中東全体に波及する可能性は、日本にとって無縁ではない。日本は原油輸入の約90%以上を中東に依存しており、レバノンを含む地域の不安定化はエネルギー価格に影響を与えうる。また、国連レバノン暫定軍(UNIFIL)には日本の自衛隊も過去に参加した経緯があり、日本とこの地域の関係は決して薄くない。
より深い問いとして、日本社会が「宗教と国家」「信仰とアイデンティティ」をどう捉えるかという視点も重要だ。宗教的行事が日常生活に深く根付く社会と、宗教的色彩が比較的薄い日本社会では、「戦火の中で礼拝を守る」という行為の意味は異なって見えるかもしれない。それは優劣ではなく、文化的な距離の問題だ。
記者
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