「持ち家こそ正義」という幻想が、米国の住宅危機を深める
米国議会が審議中の住宅法案は、企業による賃貸住宅建設を事実上禁止しようとしている。年間最大10万戸の供給減少が懸念される中、「持ち家信仰」は誰のための価値観なのかを問い直す時が来た。
「家を持たない者は、一人前ではない」——そんな価値観が、住宅危機の解決策を潰そうとしている。
米国では今、ある逆説的な事態が進行しています。住宅不足を解消するために設計されたはずの法案が、かえって年間10万戸もの住宅供給を減らしかねないという試算が出ているのです。その矛盾の中心にあるのは、「郊外の一戸建て=持ち家であるべき」という、アメリカ社会に深く根付いた信念です。
何が起きているのか——「21世紀ROAD住宅法案」の衝撃
現在、米国議会で審議されている21世紀ROAD住宅法案は、当初は住宅供給の増加と規制緩和を目的とした穏健な法案でした。セクション8バウチャーの審査効率化や、モジュール建設の資金調達改善など、党派を超えて支持されやすい内容が並んでいました。
ところが、この法案に一つの条項が加わったことで、状況は一変しました。単一の投資家が350戸以上の一戸建て住宅や二世帯住宅を保有することを禁止するという規定です。さらに問題なのは、この制限が既存の物件購入だけでなく、新規の「ビルド・トゥ・レント(賃貸目的の新築)」開発にも及ぶ点です。
ピュー・リサーチ・センターの試算によれば、この条項によって年間最大10万戸の新規住宅が建設されなくなる可能性があります。全米住宅建設業者協会(NAHB)も「年間4万戸の供給減少につながる」と警告し、当初支持していたこの法案への支持を撤回しました。
「賃貸向けに建てられた住宅が一戸減っても、購入向けの住宅が一戸増えるわけではない。多くの住宅は、単純に建てられなくなるだけだ」——批判者たちはそう指摘します。
なぜ今、このタイミングなのか
「ビルド・トゥ・レント」が急成長した背景には、明確な経済的文脈があります。2008年の金融危機以降、ブラックストーンやアメリカン・ホームズ4レントなどの企業が差し押さえ物件を大量購入し、アトランタ、シャーロット、タンパなどサンベルト地帯の都市で「ウォール街の家主」として台頭しました。
当初は既存住宅の買い占めが中心でしたが、モーゲージ金利の上昇で中古市場での競争が困難になると、企業は新たな戦略へ転換します。それが「最初から賃貸目的で建てる」というモデルです。現在、ビルド・トゥ・レントは米国の新築一戸建ての約10%を占め、数年前の2倍の水準に達しています。
フェニックスを拠点とするNexMetro Communitiesはその代表格です。同社が展開する「Avilla」ブランドは、テキサス州リバティヒルなどに260戸規模のコミュニティを展開。三寝室で約111平方メートル、月額約2,000ドルという価格設定は、ダウンタウンの賃貸より安く、しかし一戸建ての生活感を提供します。キャッチコピーは「アパートのように借りて、家のように暮らす」。
このモデルが支持される理由は明快です。住宅価格の高騰と高い住宅ローン金利により、頭金を用意できないミレニアル世代が急増しているからです。彼らにとって、郊外の一戸建て賃貸は「持ち家でなくても、広い家に住む」という現実的な選択肢でした。
「持ち家信仰」という文化的バイアス
ここで問うべきは、なぜ法案がビルド・トゥ・レントの新築まで規制しようとするのか、です。
上院議員のバーニー・モレノは「オハイオ州で賃貸向けに建てられた住宅は一戸、購入できる住宅が一戸減ることだ」と述べました。この発言は、アメリカ政治の深層にある価値観を露わにしています。持ち家は「責任」「安定」「市民としての徳」の象徴であり、賃貸は一種の「仮の住まい」に過ぎないという考え方です。
住宅開発業者のウィリアム・レビットはかつてこう言いました。「自分の家と土地を持つ者は、共産主義者にはなれない。やるべきことが多すぎるから」。この言葉は冗談めかして語られますが、アメリカの郊外政策の本質を突いています。
一方、上院で最もYIMBY(住宅建設推進派)的な民主党議員の一人、ブライアン・シャッツ上院議員は「頭金を持たない人々に賃貸住宅を提供することに何か邪悪なものがあるかのような考え方」を批判し、このビルド・トゥ・レント禁止条項を「起草上のエラー」と呼びました。
日本の読者にとって、この議論は他人事ではないかもしれません。日本でも「持ち家か賃貸か」という議論は根強く、住宅ローン減税など制度的に持ち家が優遇されてきた歴史があります。少子化・人口減少が進む中で、どちらのモデルが社会に適しているのかという問いは、日本でも同様に問われています。
法案の「抜け穴」が生む新たな矛盾
法案には複数の例外規定(抜け穴)が設けられています。最も注目されているのは、「7年後に個人に売却することを条件に、大規模投資家もビルド・トゥ・レントを開発できる」という条項です。
しかし専門家は懐疑的です。アーバン・インスティテュートの分析によれば、7年後の売却義務はプロジェクト完成時点での住宅価値を6%低下させる可能性があり、長期的な安定収益を求める投資家の関心を根本的に損なうといいます。
NexMetroのCEO、ジョシュ・ハートマン氏は、自社の開発物件は全戸が一つの敷地にあるため、法的には「集合住宅」に分類される可能性があり、そもそも規制対象外かもしれないと述べています。しかし法案はこの定義を明確にしておらず、最終的な解釈は財務省の規則制定に委ねられています。
もう一つの抜け穴は、賃借人の信用スコア構築支援や先買権の付与などの条件を満たせば、大規模投資家も住宅を保有できるというものです。アーバン・インスティテュートの住宅専門家ローリー・グッドマン氏は、「大規模投資家には、規模に見合った責任を課すべきだ。手数料の事前開示、月次契約への移行権、既存テナントへの家賃上昇制限といった条件こそが本来の解決策だ」と指摘します。
つまり、法案が本来対処すべきだった「大規模家主による市場支配と家賃上昇」という問題に対し、より直接的な規制ではなく、住宅供給そのものを制限するという手段が選ばれたことになります。
本コンテンツはAIが原文記事を基に要約・分析したものです。正確性に努めていますが、誤りがある可能性があります。原文の確認をお勧めします。
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