「トランプ時代」をどう描くか——ハリウッドの新戦略
トランプ再選後のアメリカを舞台にした映画・ドラマが変化している。直接的な政治批判から、日常の「空気感」を描く作品へ。その背景にある文化的変化とは何か。
政治的なメッセージを前面に押し出した映画は、もう観客に届かない——ハリウッドの一部のクリエイターたちは、そんな結論に静かに辿り着きつつあります。
「説教」に疲れた観客たち
2016年のドナルド・トランプ初当選以来、アメリカのエンターテインメント産業は政治的な激動をどう表現するかという問いと格闘し続けてきました。多くの映画やドラマは「これこそが今必要な作品だ」と声高に主張し、メッセージを前景化させる手法を取ってきました。トランプ第一期政権のあいだ、そうしたアプローチはある種の誠実さとして受け取られていました。
しかし、あれから約10年が経ちました。トランプ第二期政権が始まって1年が過ぎた今、観客はより洗練され、透明すぎるメッセージには懐疑的になっています。風刺はすでに見慣れたもの。サタデー・ナイト・ライブでトランプの物真似を毎週見せられても、もはや新鮮な衝撃はありません。
こうした状況の中で、注目すべき変化が起きています。一部の作品が、直接的な政治批判ではなく、「この時代に生きることの空気感」を描く方向へと舵を切り始めたのです。
「ニュースに無関心な男」が映す現代
その代表例が、ケリー・ライカート監督の新作『The Mastermind』です。舞台は1970年のマサチューセッツ州郊外。主人公のJ.B.ムーニーは美術館強盗を企てる男で、ジョシュ・オコナーが演じています。彼は怠惰で退屈を持て余しており、ベトナム戦争のニュースが流れていても無関心に聞き流します。「どうせ自分には何もできない」という諦念が、彼の行動原理になっているのです。
映画のクライマックスで、J.B.は偶然に反戦デモの群衆に紛れ込みます。本人にデモへの参加意識はまったくありません。ところが警察はその区別をつけず、彼は護送車に放り込まれます。「自分は政治とは無関係だ」と思っていた人間が、気づかぬうちに歴史の渦に巻き込まれる——この体験は、現代の多くの観客にとって他人事ではないでしょう。
一方、レオナルド・ディカプリオ主演の『One Battle After Another』は、よりあからさまに現代アメリカを想起させる架空の世界を舞台にしています。白人至上主義者が密室で陰謀を巡らせ、ICEに似た組織が移民を追う街で、元過激派の男が誘拐された娘を救おうとする物語です。ベニシオ・デル・トロがオスカーノミネートを果たした役どころは、ロサンゼルスに似た都市で非正規移民を支援する地域活動家。この作品が問うのは「誰が悪いのか」ではなく、「普通の人々がどう応答するか」です。
「説明しない」という選択
ホアキン・フェニックスとペドロ・パスカルが共演する『Eddington』は、パンデミック初期の小さな町を舞台に、マスク着用義務をめぐる対立、BLM抗議運動、陰謀論、インフルエンサーの暗躍を描きます。この映画が注目されるのは、どの立場が「正しい」かを明示しないからです。混乱した現実をそのまま提示し、判断は観客に委ねられます。
コメディアンティム・ロビンソン主演のドラマ『The Chair Company』も同様の感覚を持っています。職場で壊れた椅子の製造元を調べ始めた平凡な男が、気づけば巨大な陰謀の渦中に飲み込まれていく物語。これは一見、政治とは無縁に見えます。しかし「世界の本当の仕組みを理解したい」という強迫的な欲求は、情報が氾濫し、何が真実かわからない現代社会への深いリアクションと言えるでしょう。
これらの作品に共通するのは、「答えを出さない」という姿勢です。特定の政治的立場を支持するのではなく、この時代を生きることの感触——不安、疲労、それでも続く日常——を丁寧に記録しようとしています。
日本の観客にとっての「他人事ではない」理由
アメリカの政治的分断は、日本にとっても無縁ではありません。SNS上での情報の断片化、陰謀論の拡散、政治への無関心と突然の巻き込まれ感——これらは程度の差こそあれ、日本社会でも観察される現象です。
また、エンターテインメントと政治の関係という観点でも、日本は独自の文脈を持っています。日本の映画やドラマは伝統的に政治的メッセージを避ける傾向がありますが、近年は社会問題を扱う作品が少しずつ増えています。ハリウッドが「直接的な批判」から「空気感の描写」へと移行しつつある今、日本のコンテンツ産業はどのような方向性を選ぶのでしょうか。
ソニー・ピクチャーズや東映など、グローバル市場を意識する日本の映画会社にとっても、「政治的に見える作品」をどう扱うかは経営判断の問題でもあります。海外市場での受容と国内の保守的な感覚のあいだで、どうバランスを取るか——そのヒントが、ハリウッドの最新トレンドに隠れているかもしれません。
記者
関連記事
NYタイムズの動画でジア・トレンティーノとハサン・ピカーが万引きや破壊工作を「正当化」。エリートへの不信が道徳哲学をどう書き換えているのか、日本社会への示唆も含めて考える。
タンパベイ・レイズの新球場計画が問いかける、スポーツ複合開発の経済的現実。アトランタの先例が示す「公共投資の罠」とは何か。納税者・都市計画・経済学の視点から読み解く。
アン・ハサウェイとミカエラ・コエル主演の映画『マザー・メアリー』が問いかける、超大型スターダムの光と影。名声とは才能か、それとも他者を消費する力なのか。
トランプ政権によるケネディセンター接収から閉鎖まで。内部スタッフが目撃した政治介入、縁故主義、芸術の軽視。文化機関の独立性とは何かを問う。
意見
この記事についてあなたの考えを共有してください
ログインして会話に参加