1日500億円:フーシ派との戦いが露わにした米軍の「見えないコスト」
紅海でのフーシ派対応作戦が米軍に1日約500億円の損耗をもたらしているとの試算が浮上。失われた航空機やレーダーが示す「見えないコスト」と、米軍の戦略的リスクを読み解く。
航空機1機が海に沈むたびに、その価格票には「任務完了」とは書かれていない。
紅海上空。米海軍の艦載機が迎撃ミサイルを発射し、フーシ派の無人機を撃墜する。映像は鮮やかだが、その裏で積み上がるコストは、カメラに映らない。米軍がイエメンのフーシ派との非対称戦闘に費やしている損耗コストが、1日あたり推定5億ドル(約750億円)に達するとの試算が専門家の間で広まっている。
「安い戦争」という幻想
数字の内訳を見ると、この戦争の非対称性が浮かび上がる。フーシ派が発射する無人機の製造コストは1機あたり数千ドルから数万ドル程度とされる。一方、それを迎撃するために米軍が使用するSM-2やSM-6ミサイルの単価は200万ドルから400万ドル。比率にして最大400倍の差がある。
さらに深刻なのは、航空機とレーダーシステムの損耗だ。複数の報告によれば、作戦行動中に少なくとも数機の無人機や航空機が失われ、レーダーシステムへの負荷も限界に近づいている。これらは単なる金銭的損失ではなく、米軍の即応能力そのものを削る消耗戦の構造を示している。
2024年初頭から続く米軍の「オデッセイ・アスパイア作戦」は、紅海の商業航路を守るために開始された。フーシ派はイスラエルのガザ侵攻への連帯を名目に、民間船舶への攻撃を繰り返し、世界貿易の約15%が通過するこの海峡を実質的に封鎖状態に追い込んだ。
「他の場所」が手薄になる
しかし、より大きな問題は金額ではない。リソースの配分だ。
紅海に張り付いているUSS アイゼンハワーやUSS ジェラルド・R・フォードといった空母打撃群は、台湾海峡や南シナ海での抑止任務から引き離されている。元米太平洋艦隊司令官のフィリップ・デービッドソン氏がかつて警告した「中国が台湾に対して行動を起こすリスクウィンドウ」は、まさにこうした戦略的分散が生じているタイミングと重なる。
日本の安全保障専門家の間では、この構図への懸念が静かに広がっている。日本は米軍の前方展開に安全保障の一部を依存しており、中東での消耗が太平洋地域の抑止力を間接的に弱める可能性は、決して対岸の火事ではない。
防衛省関係者の間では、今回の事態を教訓として「自律的防衛能力の強化」の必要性を改めて認識する声も出ている。2022年に閣議決定された防衛費のGDP比2%への引き上げ方針は、こうした文脈の中で読み直すと、単なる数字目標以上の意味を持つ。
誰が「勝って」いるのか
戦略的な視点から見ると、この消耗戦の構造はフーシ派に有利に働いている面がある。彼らの目標は米軍を「倒す」ことではなく、コストを積み上げ、国際社会の注意を引き続けることだ。その意味では、毎日の迎撃映像がSNSで拡散されるたびに、彼らの「メッセージ」も届いている。
一方、米国にとっての損失は軍事的なものだけではない。同盟国への信頼性、財政への圧力、そして世論の疲弊。2026年現在、トランプ政権は関税戦争と中東での消耗という二正面の課題を同時に抱えており、外交的解決への道筋は依然として不透明だ。
商業的な影響も見逃せない。紅海航路の混乱により、マースクやMSCなどの大手海運会社はアフリカ喜望峰回りのルートに切り替え、輸送コストは一時300%以上跳ね上がった。日本企業にとっても、中東からのエネルギー輸入や欧州向け輸出のコスト増は直接的な打撃となっている。
関連記事
フランスがロシアとの通常戦力格差を埋める共同防衛プロジェクトに前向きな姿勢を示した。NATO同盟国の防衛費増強が加速する中、欧州の安全保障構造はどう変わるのか。地政学と経済の交差点を読む。
イーロン・マスクやジェフ・ベゾスら巨大テック企業の宇宙開発は、かつてのソビエト宇宙計画と驚くほど似た構造を持つ。国家の夢を民間が引き継いだとき、何が変わり、何が変わらないのか。
トランプ大統領の北京訪問からわずか数日後、中国とロシアの首脳がエネルギーと技術分野での協力強化を宣言。この「タイミング」が持つ地政学的意味を読み解く。
ASMLとタタ・エレクトロニクスがインド初の半導体製造工場設立に向けてパートナーシップを締結。地政学的再編が進む中、アジアの半導体地図はどう変わるのか。日本企業への影響も含めて読み解く。
意見
この記事についてあなたの考えを共有してください
ログインして会話に参加