ゾンビより怖い、レジの行列——なぜ今「レトロな退屈」が売れるのか
2026年の話題作『Retro Rewind』は、たった2人が作ったビデオレンタル店シミュレーター。なぜ最新ホラーゲームを抑えてSteamランキング1位を獲得したのか。ノスタルジアと現代人の疲弊が交差する地点を読み解く。
2人で作ったゲームが、数千人のスタッフを抱える大作を抑えて首位に立った。しかも、そのゲームの中でできることといえば、棚に商品を並べ、現金でお釣りを渡し、電話に出ること——それだけだ。
2026年のSteamベストセラーチャートで初登場1位を記録したRetro Rewindは、1990年代のビデオレンタル店を舞台にした小売シミュレーターだ。ゾンビは出てこない。陰謀もない。プレイヤーが直面する最大の危機は、「客に釣り銭を渡そうとしている最中に電話が鳴る」ことである。同時期にリリースされたResident Evil Requiem(バイオハザード最新作)が豪華なグラフィックと息を呑む恐怖で世界的な話題をさらう中、この素朴なインディーゲームは静かに、しかし確実に人々の心をつかんでいる。
「つまらない仕事」がなぜこんなに面白いのか
Retro Rewindが属するジャンルは「ストアシミュレーター」と呼ばれる。時給労働の日常を仮想空間で再現するゲームの総称だ。ゲーム内の1日はリアルタイムで最長15分。その間、プレイヤーは増え続ける客の列をさばき、返却されたビデオテープを整理し、鳴り止まない電話に対応し続ける。「非接触」という概念はこの世界に存在しない。客は現金で払い、正確なお釣りを要求する。
奇妙なことに、このゲームが生み出すストレスの水準は、最新のバイオハザードに匹敵するという声もある。ピストル一丁で怪物と戦うホラーゲームよりも、レジ前の行列のほうが緊張感をもたらす——これは単なる逆説ではなく、現代人の心理を映す鏡かもしれない。
ゲームデザインの観点からもRetro Rewindは興味深い選択をしている。人気の農場ゲームStardew Valleyやどうぶつの森、さらにはMinecraftといった競合タイトルが「終わりのない拡張」を設計思想の核に置くのに対し、このゲームはあえて制約の中に留まる。ドラマ『セヴェランス』のように、物語はレンタル店の中だけで完結する。主人公の店外の生活は描かれない。朝、店に入り、夜、店を閉める。翌日、また店に入る。その繰り返しだ。
開発者はすでにDVD時代を扱う拡張コンテンツを検討中とされているが、このゲームの本質的な魅力は「終わりがないこと」ではなく「適切な区切りがあること」にある、という指摘もある。
なぜ「今」ビデオレンタル店なのか
ここで立ち止まって考えたい。なぜ2026年に、とっくに消えたビデオレンタル店が人々の郷愁を刺激するのか。
ひとつの解釈は、ストリーミング疲れだ。NetflixやDisney+などのサービスが提供する無限のカタログは、選択肢の多さゆえに逆説的な疲弊をもたらす。心理学者バリー・シュワルツが「選択のパラドックス」と呼んだ現象——選択肢が増えるほど満足度が下がる——がエンターテインメント消費にも起きているとすれば、棚に並んだ限られた本数のビデオテープの中から一本を選ぶ体験は、むしろ解放感をもたらすのかもしれない。
もうひとつの解釈は、サードプレイスへの渇望だ。自宅でも職場でもない「第三の場所」——かつての商店街の本屋、レコード店、そしてビデオレンタル店——は、ただ商品を買う場所ではなく、時間をかけて棚を眺め、店員と世間話をする場所だった。パンデミック以降、そうした物理的なコミュニティ空間は世界中でさらに失われた。日本でも、地方のツタヤや個人経営のレンタルショップが次々と姿を消している。
日本の文脈で言えば、この現象は別の層も持つ。任天堂のどうぶつの森が2020年のロックダウン期に世界的な大ヒットとなったのも、「穏やかな日常の模倣」への需要を示していた。あの時と今では状況が異なるが、根底にある欲求——せわしない現実から切り離された、管理可能な小さな世界への逃避——は変わっていないのかもしれない。
インディーゲームが問い直すもの
Retro Rewindの成功は、ゲーム産業の構造的な変化とも重なる。かつてAAA(トリプルエー)と呼ばれる大規模タイトルだけが市場を支配していた時代は終わりつつある。Steamのような直販プラットフォームの普及により、少人数のクリエイターが直接プレイヤーに作品を届けられるようになった。
これは日本のゲーム産業にとっても示唆深い。ソニーのPlayStation部門や任天堂は引き続き大規模タイトルで市場をリードしているが、インディーゲームの台頭は「規模の経済」が必ずしも創造性の経済と一致しないことを示している。日本にもUndertaleに影響を受けた若い開発者が多数存在し、小さなスタジオから世界市場を狙う動きは今後さらに加速するだろう。
一方で、Retro Rewindの成功が再現可能かどうかは別問題だ。ノスタルジアはタイミングが命であり、「ビデオレンタル店」という題材が持つ訴求力は、その時代を実際に体験した世代——現在30代後半から50代——に集中している。同じ手法で別の「失われた場所」を再現しても、同じ反応が返ってくる保証はない。
記者
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