中国が築いた「120日の壁」——ホルムズ海峡封鎖でも揺るがない備蓄戦略
中国が2026年初頭に原油輸入を15.8%急増させ、約120日分の備蓄を確保。ホルムズ海峡の事実上の封鎖が続く中、その戦略的意味と日本エネルギー安全保障への示唆を読む。
世界の原油供給の約5分の1が通過する海峡が、事実上の封鎖状態に入った。しかし中国は、その「有事」をすでに織り込んでいた。
15.8%増——数字が語る先読みの深さ
中国税関当局が2026年3月10日に発表したデータによれば、今年1月・2月の原油輸入量は合計9,693万トンに達し、前年同期比で15.8%増となった。注目すべきは、輸入量が急増する一方で、輸入金額はドルベースで5.2%減少している点だ。つまり中国は、価格が下がっているタイミングを逃さず、大量に買い付けていたことになる。
エコノミスト・インテリジェンス・ユニットのシニアアナリスト、チム・リー氏はこう分析する。「中国は今年初め、米国がイランを攻撃するとの市場予測を背景に、石油・ガスの備蓄を積み増していた。2025年に見られた記録的な備蓄ペースをさらに加速させた形だ」。
その予測は現実となった。2月28日、米・イスラエルによるイランへの空爆が始まると、イラン南部に位置するホルムズ海峡の商業船舶の往来は事実上停止。さらに紛争はサウジアラビアやイラクにも波及し、両国の主要製油所が原油生産を縮小せざるを得ない状況に追い込まれている。
「120日の盾」は何を意味するか
リー氏の推計によれば、現在の中国の原油備蓄は輸入120日分に相当する。これは単なる数字ではない。国際エネルギー機関(IEA)が加盟国に義務付ける備蓄水準(90日分)を大きく上回り、中国が短期的な供給途絶に対して相当の耐性を持つことを示している。
中東への依存度が高い中国にとって、この備蓄は「保険」以上の意味を持つ。供給が止まっても即座に国内経済や産業活動が麻痺しない余裕があるということは、外交交渉においても一定の時間的猶予を生む。エネルギー安全保障は、単なる経済問題ではなく、地政学的な交渉力そのものだ。
日本は今、どこに立っているか
ここで日本の立場を考えると、状況の非対称性が浮かび上がる。日本もまた中東依存度が高く、原油輸入の約9割を中東に頼っている。ホルムズ海峡の封鎖は、トヨタや新日鉄住金(現日本製鉄)といった製造業の生産コストを直撃し、電力・ガス料金の上昇を通じて家計にも影響が及ぶ。
日本政府は国家石油備蓄として約145日分(国家+民間合計)を保有しており、数字の上では中国を上回る。しかし、その備蓄は「緊急時の消費」を前提としたものであり、中国のように「有事を見越して戦略的に積み増す」という発想とは性格が異なる。受動的な備蓄と能動的な備蓄——この違いは、危機が長期化した場合に顕在化しうる。
さらに日本にとって見逃せないのは、今回の原油価格下落局面だ。中国が買い増しをしている間、日本のエネルギー企業や商社はどう動いたか。JXTG(現ENEOS)や三菱商事といった企業の調達戦略が、今後の競争力に影響を与える可能性がある。
各国の思惑が交差する市場
今回の事態を巡っては、立場によって見え方が大きく異なる。
サウジアラビアやUAEなどの産油国にとっては、紛争の長期化はインフラ被害と生産縮小を意味し、短期的な価格上昇があっても恩恵は限定的だ。一方、ロシアはホルムズ海峡を通らない北極海ルートや陸上パイプラインを持ち、中東の混乱を「代替供給者」としての地位強化に利用できる立場にある。
米国は今回の軍事行動の当事者であり、シェールオイルの増産余力も持つが、グローバルなエネルギー市場の不安定化は自国経済にも跳ね返る。中国はすでに備蓄という「時間」を買っており、この危機を静観しながら外交的選択肢を温存できる。
記者
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