AIが廃棄物から「高級カシミア」を創造？ファッション業界の常識を覆すEverbloomの革命

50ドルのカシミアが示す、ファッション業界の不都合な真実

近年、驚くほど安価なカシミアセーターが市場に溢れています。その柔らかな肌触りと暖かさは多くの人々を魅了しますが、その価格の裏には深刻な問題が隠されています。カシミアは特定の山羊の柔毛から採れる希少な繊維であり、一頭の山羊から年間わずか100〜170グラム程度しか収穫できません。急増する需要に応えるため、過剰な毛刈りが横行し、繊維の品質低下や持続不可能な放牧慣行、ひいては環境破壊へと繋がっているのです。この問題に対し、多くのブランドが倫理的な調達を訴える中、全く異なるアプローチで根本的な解決を目指すスタートアップが登場しました。それが、マテリアルサイエンスAIを駆使する「Everbloom」です。

この記事の要点

• AIによる素材革命: Everbloomは、AI「Braid.AI」を活用し、カシミアやウールなどの繊維廃棄物から、本物と見分けがつかない高品質なアップサイクル素材を開発しています。
• 環境と経済の両立: 「サステナブルな製品は高価であるべき」という考え方を否定。廃棄物を原料とすることで、環境負荷を劇的に低減しつつ、コスト競争力のある素材を目指します。
• 業界標準への挑戦: Everbloomの技術は、既存の繊維製造設備の約80%で利用可能な「ドロップイン・リプレイスメント」（既存の設備に大きな変更なく導入できる代替技術）であり、業界全体へのスムーズな普及を視野に入れています。
• 完全な循環性: 製造される全ての繊維は生分解性を持つことを目指しており、ファッション業界が抱える廃棄物問題に対する新たな解決策となる可能性があります。

テクノロジーが紡ぐ、次世代の繊維

Everbloomの革新性は、単なるリサイクル技術ではありません。同社が開発したAIモデル「Braid.AI」は、様々なパラメータを微調整することで、カシミアのような高級繊維からポリエステルのような合成繊維まで、多種多様な特性を持つ素材を意図的に創り出すことができます。

廃棄物から価値を生むプロセス

そのプロセスは、驚くほど合理的です。

1. 原料収集: まず、カシミアやウールの農場・工場、羽毛布団のサプライヤーなどから廃棄物を収集します。これらの廃棄物に共通するのは、ケラチン（Keratin）というタンパク質で構成されている点です。将来的には、食肉加工業で発生する鳥の羽なども原料として活用する計画です。

2. 加工と成形: 収集した廃棄物を細かく粉砕し、独自の化合物と混合。この混合物を押出成形機（材料を金型から押し出して特定の形状に成形する装置）に通し、ペレット状にします。

3. 紡績: 最後に、そのペレットをポリエステル繊維の製造に一般的に使われる紡績機にかけることで、新たな繊維へと生まれ変わらせます。このアプローチにより、アパレルメーカーは大規模な設備投資をすることなく、Everbloomの素材を導入できるのです。

PRISM Insight：単なる代替素材ではない、2つの大きな変革

Everbloomの挑戦は、単に「環境に優しいカシミア風の素材」を作るだけにとどまりません。PRISMは、この技術がファッション業界と素材科学に2つの構造的な変革をもたらす可能性があると分析します。

1. 「マテリアルズ・インフォマティクス」の本格的な幕開け

EverbloomのAI活用は、マテリアルズ・インフォマティクス（AIやデータサイエンスを用いて新素材を高速に探索・設計する研究分野）が、ついに消費者向け製品の領域に到達したことを示す象徴的な事例です。従来、新素材開発は長年の経験と偶然に頼る部分が多く、膨大な時間とコストを要しました。しかし、Braid.AIのように特定の性能（肌触り、強度、保温性など）をターゲットとしてAIに設計させることで、開発サイクルは劇的に短縮されます。今後は、特定の気候や用途に特化した「オーダーメイド繊維」が次々と生まれる未来もそう遠くはないでしょう。

2. サプライチェーンの「非天然化」革命

Everbloomの技術が普及すれば、アパレルブランドは原材料調達の概念を根本から見直すことになるかもしれません。天候や家畜の健康状態、地政学的リスクに左右される不安定な天然素材への依存から脱却し、品質が安定し、オンデマンドで供給可能な「ラボグロウン（研究室育ちの）素材」へとシフトする動きが加速する可能性があります。これは、サプライチェーンのリスクを低減し、コスト構造を安定させるだけでなく、これまで高級素材を使えなかったブランドにも新たな製品開発の機会を提供するでしょう。特に、サステナビリティと低価格の両立に苦しむファストファッション業界にとって、ゲームチェンジャーとなり得る技術です。

今後の展望と課題

Everbloomのビジョンは壮大ですが、その道のりは平坦ではありません。ラボでの成功をグローバルな大量生産へとスケールアップできるか、そして、謳われている生分解性や本物のカシミアに匹敵する性能を客観的なデータで証明できるかが、今後の大きな課題となります。また、「廃棄物から作られた衣服」というストーリーを消費者がどのように受け入れるか、そのブランディング戦略も成功の鍵を握るでしょう。

しかし、もしEverbloomがこれらの課題を乗り越えれば、その影響はファッション業界に留まりません。自動車の内装、建材、家具など、あらゆる産業で使われる素材の作り方、そして「廃棄物」という概念そのものを、永遠に変えてしまうほどのポテンシャルを秘めているのです。