サウジアラビアはなぜ「イラン攻撃を望まなかった」のか
米国によるイラン攻撃開始後、サウジアラビアが戦争を望んでいたという報道を即座に否定。その後イランの報復攻撃を受けたサウジの立場から、中東の複雑な地政学を読み解く。
戦争が始まった翌朝、サウジアラビアはある報道を強く否定した。
2026年3月、米国によるイラン攻撃が始まった翌日、ワシントン・ポストは「サウジアラビアとイスラエルの両国がドナルド・トランプ大統領に対してイランへの攻撃を働きかけた」と報じた。だがリヤドの反応は素早かった。サウジ政府は即座に「戦争を求めたことはない」と全面否定した。
その後、事態はサウジの否定を裏付けるかのように展開した。イランの報復ドローンがサウジ領内を攻撃したのだ。自国が攻撃を受けた国が、その戦争を望んでいたとは考えにくい——少なくとも、そのような形では。
「敵の敵」は必ずしも味方ではない
サウジアラビアとイスラエルが「反イラン」という点で利害を共有しているのは事実だ。アブラハム合意以降、両国の水面下での協力関係は深まり、イランの核開発への警戒感も共通している。しかし、だからといってサウジがイランへの軍事攻撃を積極的に望んでいたかどうかは、全く別の問題である。
サウジの立場を理解するには、その地理的現実を見なければならない。ペルシャ湾を挟んでイランと向き合うサウジアラビアは、イランの報復能力の射程内に完全に収まっている。石油施設、淡水化プラント、首都リヤド——いずれもイランのミサイルやドローンの届く距離にある。2019年のアブカイク石油施設攻撃はその現実を世界に示した。
さらに、イエメンでは今もフーシ派との代理戦争が続いている。フーシ派はイランの支援を受けており、イランとの全面対立はこの戦線の激化を直接意味する。
もう一つの文脈として、2023年に中国の仲介でサウジとイランが国交を正常化したことがある。この外交的成果を、サウジが自ら台無しにするような動きを望むだろうか。少なくとも公式の立場としては、リヤドは「対話の道」を維持してきた。
ロビー活動と「戦争を望む」の違い
ワシントン・ポストの報道が完全に誤りだったとも断言できない。サウジとイスラエルがワシントンに対してイランの核開発への強硬な対応を求めてきたことは、長年にわたる外交的事実だ。しかし「核施設への限定的な圧力を求める」ことと「全面戦争を望む」ことの間には、大きな隔たりがある。
イスラエルの立場はより単純かもしれない。ネタニヤフ政権にとって、イランの核能力の解体は最優先課題であり、米国の軍事力を活用することへの抵抗は少ない。だがサウジにとっては、攻撃の「後」が問題なのだ。
イランが不安定化した場合、シーア派の影響力はむしろ拡大しかねない。サウジ東部州には多くのシーア派市民が暮らしており、地域の不安定化はサウジ国内問題に直結する。MBS(ムハンマド・ビン・サルマン)皇太子が進める「ビジョン2030」——石油依存からの脱却と経済多角化——は、地域の安定なしには成立しない。
日本にとっての意味
日本は原油輸入の約40%を中東、特にサウジアラビアに依存している。ホルムズ海峡が不安定化すれば、エネルギー安全保障は直ちに危機に瀕する。2019年のアブカイク攻撃の際も、日本のエネルギー市場は緊張した。今回の事態はその比ではない規模になりうる。
トヨタ、日産、三菱商事など、サウジで事業を展開する日本企業にとっても、地域の安定は事業継続の前提条件だ。サウジが「ビジョン2030」のパートナーとして日本企業を積極的に招致してきた文脈を考えると、この地政学的混乱は日本のビジネス戦略にも再考を迫る。
また、日本政府はイランとも独自の外交チャンネルを維持してきた歴史がある。米国の同盟国でありながら、中東での独自外交を模索してきた日本にとって、今回の事態は「どちらの側に立つか」という踏み絵になりかねない。
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