米中学術断絶の後に残るもの
米中の大学間連携が地政学的緊張で次々と崩壊する中、日本やシンガポールなど多様なパートナーが新たな学術秩序を形成しつつある。その意味を読み解く。
1978年、十数名の中国人教授がアメリカを訪れた。その旅は、鄧小平が個人的に承認したとされる「学術外交」の第一歩だった。
それから約半世紀。上海交通大学(SJTU)とミシガン大学(UM)が2006年に設立した工学系合同大学院は、「越境高等教育の黄金基準」と称された。機械・電気・コンピュータ工学の学位を両国の学生に提供し、米中学術協力の象徴として機能してきた。
しかし2025年初頭、ミシガン大学は突如この提携を打ち切った。理由として挙げられたのは、資金難、政治的懸念、そして安全保障上のリスクという三つの言葉だった。
氷山の一角——崩れゆく米中学術同盟
この決別は、孤立した出来事ではない。過去数年間、米国の大学は中国との提携を次々と見直してきた。背景には、米連邦政府による中国関連研究への資金制限、軍民融合政策への警戒、そして研究機密の流出リスクに対する意識の高まりがある。
ミシガン大学の撤退後、SJTUは迅速に動いた。合同機関を「SJTU Global College」として再編し、独自路線を歩み始めた。さらに2026年内に「張江国際理工学院」の設立を計画しており、ここでシンガポールの南洋理工大学(NTU)との連携が新たな柱として浮上している。
アメリカが去った場所に、別の顔ぶれが集まりつつある。
「多様化」という戦略——日本への波及
この地殻変動は、日本の大学や研究機関にとって無縁の話ではない。
日本はこれまで、米中双方と独自の学術ネットワークを維持してきた。東京大学や京都大学は中国の主要大学と交流協定を結び、多くの中国人留学生を受け入れてきた。一方で、米国との共同研究も基礎科学から応用技術まで幅広く続いている。
しかし今、日本の大学は微妙な立場に置かれている。米国からは「同盟国として中国との研究協力に慎重であるべき」という圧力が高まり、中国からは「アメリカが撤退した今こそ、日本との連携を深めたい」という引力が働く。
実際、中国の大学が欧州やアジアの大学に積極的にアプローチしている事例は増えており、日本の大学がその選択肢として意識されていることは否定できない。南洋理工大学のようにシンガポールが素早く動いた事実は、「中立的かつ実用的なパートナー」としてのアジア諸国の存在感を改めて示している。
日本の大学経営者にとって問われるのは、学術的開放性と国家安全保障の間でどこに線を引くか、という問いだ。
学術の「脱米中」は可能か
学術協力の地政学化は、研究の質にも影響を及ぼしかねない。科学は本来、国境を超えた知識の共有によって発展する。米中の研究者が互いの論文を引用し、共同実験を行い、学会で議論を交わすことで積み上げられてきた成果は膨大だ。
その回路が断絶されれば、短期的には各国が自国の研究能力を強化するかもしれない。しかし長期的には、知識の「孤島化」が進むリスクもある。特に気候変動、感染症対策、量子コンピューティングといった人類共通の課題は、一国の研究力だけでは対処しきれない。
南洋理工大学をはじめとするアジアの大学が「橋渡し役」として機能できるか。あるいは日本が、米中どちらにも偏らない「学術的第三極」としての役割を模索するか。その選択は、研究者個人の問題ではなく、国家戦略の問題になりつつある。
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