強者が負ける戦争:米国とイランの「非対称の意志」という罠
米国はイランとの戦争でなぜ思い通りに進めないのか。歴史が繰り返す「非対称の意志の罠」を読み解き、ホルムズ海峡封鎖が日本経済に与える影響を考察する。
60%。現在、米国の世論調査でイランとの戦争に反対するアメリカ人の割合だ。第二次世界大戦以降、これほど不人気な戦争はほとんどなかったと言われる。では、なぜ世界最強の軍事大国は、中東の一国を相手に思い通りの結果を出せないでいるのか。
その答えは、軍事力の大小ではなく、「どちらがより失うものを持っているか」という問いの中にある。
戦場で起きていること
2026年春現在、米国とイランの間で続く武力衝突は、当初の想定をはるかに超えた展開を見せている。イラン側ではこれまでに軍人約5,000人、民間人1,500人以上が死亡したとされる一方、米軍の戦死者は13人にとどまっている。数字だけ見れば、圧倒的な米国優位だ。
しかし現実は異なる。トランプ政権が期待したイラン国民の蜂起は起きず、穏健派への政権交代も実現しなかった。それどころかテヘランはホルムズ海峡を事実上封鎖し、世界のエネルギー市場を揺さぶっている。米国が提示した15項目の停戦案をイランは拒否し、3月10日には「戦争の終わりを決めるのは我々だ」と宣言した。
マルコ・ルビオ国務長官が「イランはかつてないほど弱体化している」と述べたのは今年1月のことだ。だが弱体化した国家が、なぜこれほど粘り強く戦えるのか。
「非対称の意志の罠」とは何か
ディフェンス・プライオリティーズのシニアフェロー、チャールズ・ウォルドーフ氏は、この現象を「非対称の意志の罠(Trap of Asymmetric Resolve)」と呼ぶ。強い側が「勝てる戦争」として始めた紛争が、弱い側の圧倒的な意志によって泥沼化するパターンだ。
その本質はシンプルだ。強者は体制の存続を賭けていないが、弱者は存亡をかけて戦う。 この非対称が、軍事力の差を相殺してしまう。
歴史はこのパターンを繰り返してきた。ベトナム戦争では北ベトナム側に110万人以上の死者が出た一方、米軍の戦死者は58,000人。それでも米国は最終的に撤退し、北ベトナムが統一を果たした。アフガニスタンでは20年間の戦争の末、タリバンが再び政権を掌握した。ソ連もまた、アフガニスタンで9年間の戦争の後に撤退を余儀なくされた。
イランの場合、この構図はさらに鮮明だ。米国とイスラエルによる最高指導者の排除や政権転覆の試みは、テヘランに「これは体制の生死をかけた戦いだ」と確信させた。退くことは、政権の終わりを意味する。だからこそ、イランは「全力で痛みを与え続ける」選択をしている。
日本が直視すべきリスク
この戦争は、遠い中東の出来事ではない。
ホルムズ海峡は、日本が輸入する原油の約90%が通過する海上交通の要衝だ。封鎖が長引けば、エネルギーコストの上昇は製造業から物流、家庭の光熱費まで広範に影響する。トヨタや日産などの自動車メーカーは生産コストの上昇に直面し、商船三井や日本郵船などの海運会社は航路変更を迫られる可能性がある。
さらに、円安局面が続く中でのエネルギー価格高騰は、輸入コストを二重に押し上げる。日本銀行が金融政策の正常化を模索する中、エネルギーインフレという新たな変数が加わることになる。
日本政府にとっても、この戦争は難しい立場を強いる。米国との同盟関係を維持しながら、中東産油国との関係も保たなければならない。エネルギー安全保障と外交的バランス、その両立は容易ではない。
二つの出口、どちらを選ぶか
歴史が示す強者の選択肢は二つだ。
一つは「力の慢心」による拡大路線。もう少しの力で勝てると信じ、兵力を増強し続けるパターンだ。オバマ前大統領がアフガニスタンに3万人の増派を決めたように。現在、米軍は湾岸地域への増派を続け、B-52爆撃機がイラン上空を初めて飛行している。
もう一つは、体裁を保ちながらの収束だ。トランプ大統領は2020年にタリバンとの合意を結びアフガニスタンから撤退し、昨年はフーシ派との空爆戦争を「勝利宣言」とともに終わらせた。同様のアプローチをイランに対しても取る可能性は残っている。ただし、それにはホルムズ海峡へのアクセス保障や制裁緩和など、何らかの譲歩が必要になる。
どちらの道も、容易ではない。そして、どちらの道を選ぶかによって、世界のエネルギー市場と日本経済が受ける影響は大きく変わってくる。
記者
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