ヘリウム危機:MRIが使えなくなる日
中東紛争によりカタールのヘリウム供給が激減。半導体・医療機器への影響が深刻化する中、日本企業と医療現場はどう対応するのか。価格は2倍に急騰。
「今年、MRIが必要な人がいないことを願う」——ミズーリ大学のウイルス学者、マーク・ジョンソン教授がSNSにこう書き込んだのは、今週火曜日のことでした。決して大げさな表現ではありません。
何が起きているのか
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始しました。イランはその報復として、中東各地のエネルギーインフラへの攻撃を行っています。この紛争が、石油・天然ガス以外の分野にも深刻な影響を及ぼし始めています。その一つが「ヘリウム」です。
世界最大の液化ヘリウム生産国はカタールです。同国の施設が事実上の操業停止状態に陥り、フィッチ・レーティングスソウル支社のシェリー・ジャン氏によれば、紛争開始以来、ヘリウム価格は約2倍に急騰しています。
ジョンソン教授の大学では、今年の供給量が「少なくとも半減する」との通知を受けたといいます。
なぜヘリウムがそれほど重要なのか
ヘリウムは、一般には風船を膨らませるガスとして知られています。しかし産業・医療分野では、その役割はまったく異なります。
MRI(磁気共鳴画像装置)は、超伝導磁石を冷却するために液体ヘリウムを必要とします。ヘリウムなしでは、MRI装置は機能しません。高齢化が進む日本社会において、MRIは脳卒中・がん・整形外科疾患の診断に不可欠なツールです。2024年時点で日本のMRI保有台数は人口100万人あたり約57台と世界トップ水準にあり、その維持コストへの影響は無視できません。
半導体製造においても、ヘリウムはウェーハ冷却や光ファイバー製造に使われています。東京エレクトロンや信越化学工業など、半導体製造装置・材料を手がける日本企業にとって、調達コストの上昇は直接的な打撃となります。
さらに問題を複雑にするのが、ヘリウムの物理的な性質です。液体ヘリウムは常温で気化し続けるため、長期備蓄がほぼ不可能です。輸送可能な時間窓は約45日間しかなく、石油のように「タンクに蓄えておく」という対応が取れません。市場は常に迅速な物流と供給の流れに依存しており、紛争によってその流れが止まると、代替手段が極めて限られます。
日本への影響:医療と産業の両面で
日本の医療現場では、すでに懸念が広がっています。地方の中小病院では、ヘリウム調達コストの急騰が設備維持の判断に影響を与える可能性があります。都市部の大病院は備蓄や代替調達ルートの確保に動いていますが、地方では選択肢が限られます。
産業面では、半導体・航空宇宙・液晶パネル製造など、日本が強みを持つ分野がいずれもヘリウムに依存しています。ソニーのイメージセンサーやキオクシアのNANDフラッシュメモリの製造プロセスにも、ヘリウムは関わっています。
一方で、日本政府や企業がすぐに打てる手は限られています。米国(ワイオミング州など)やロシア、アルジェリアなど、カタール以外のヘリウム産地からの調達多様化が課題となりますが、インフラ整備には時間がかかります。
異なる視点から見ると
楽観的な見方もあります。カタールの施設が完全に停止したわけではなく、紛争の長期化・短期化によって状況は大きく変わります。また、MRI装置メーカーの間では、ヘリウムフリー(無冷媒)MRIの開発が進んでおり、シーメンスやキヤノンメディカルシステムズがすでに製品化しています。ただし、既存の装置を一夜にして置き換えることはできません。
地政学的な観点からは、今回の危機が改めて「エネルギー以外の資源安全保障」の重要性を浮き彫りにしています。日本はレアアースの調達多様化を進めてきた経験がありますが、ヘリウムについては同様の戦略的蓄積が十分ではありませんでした。
記者
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