男たちは、なぜ友人を失っていくのか
米国の調査で男性の15%が「親しい友人ゼロ」と回答。孤独が認知症リスクを50%高めるという研究も。俳優アンドリュー・マッカーシーの実体験から、現代男性の友情危機を読み解く。
「友達はいる。ただ会っていないだけだ。でも、それで十分だ」——あなたも、こう言い訳したことはないだろうか。
俳優でありライターでもあるアンドリュー・マッカーシーは、21歳の息子にそう言い放った。息子は優しくうなずいたが、その言葉はマッカーシーの胸に刺さったまま残った。「本当に友人はいるのか?」という問いとともに。
数字が映し出す、静かな危機
2021年の調査によると、米国の男性の15%が「親しい友人が一人もいない」と答えている。1990年の同調査ではその割合はわずか3%だった。30年間で5倍に膨らんだ数字だ。さらに、過去1週間以内に友人から何らかの感情的サポートを受けたと答えた男性は、わずか5人に1人に過ぎない。
問題は感情面にとどまらない。「社会的つながりの乏しい人」は、認知症の発症リスクが50%高く、心臓病リスクが29%、脳卒中リスクが32%高いという研究結果がある。孤立がもたらす健康被害は、肥満や運動不足、大気汚染、あるいは1日に煙草を15本吸うことよりも深刻だという。米国の外科医総監はすでに「孤独と孤立のエピデミック」を宣言している。
ハーバード大学の長期研究は、より長く、健康で幸せな人生を送るための最大の要因は食事でも運動でもなく、コミュニティとの継続的なつながりだと結論づけた。
友情は、なぜ「後回し」になるのか
マッカーシーは振り返る。若い頃、友人関係を維持することは難しくなかった。みんなが同じ軌道上を回っていたから。しかし人生が動き始めると、友人たちは散り散りになった。テキサスに住む幼馴染のエディ、ケンタッキーのマシュー、ヒマラヤで山を登っているジョン、日本に長期滞在中のドン——それぞれの人生を生きていた。
カンザス大学の研究によれば、「良い友人」をつくるには200時間以上の接触が必要だという。しかし失うのは、はるかに簡単だ。友情の最も重要な要素は「一貫性」、つまり顔を見せ続けることだと研究は示している。
マッカーシーが特に気になったのは、旧友のスティーブ(スティーヴ)のことだった。40年来の友人で、かつては衝動的にプエルトリコへ飛び、嵐の中で笑い転げた仲間。しかし脊椎の手術を受けたスティーヴは、回復が思わしくなく、外出もままならない状態だった。会いに行こうとするたびに、スティーヴは電話で断ってきた。「今は体調が悪い」「もう少し後にしよう」と。
その声の奥に、マッカーシーは恐れを聞き取った。
「小さくなっていく自分」への気づき
妻はかつて彼に警告していた。内省、内向き、回避——それらが少しずつ自分の輪郭を削り取り、喜びを狭め、与えられるものも受け取れるものも減らしていく、と。子どもたちは愛情を込めて、父を「偏屈じいさん」と呼ぶようになっていた。
孤独は突然訪れない。それは選択の積み重ねだ。忙しいから、遠いから、また今度でいいから——そうして友人関係は静かに枯れていく。マッカーシーは書く。「自分で招いた孤立が、自分を小さくしていた」と。
日本社会にとって、これは他人事ではない。孤独・孤立対策推進法が2023年に施行され、政府が「孤独担当大臣」を置く国になった。内閣府の調査では、孤独感を「しばしば・常に感じる」と答えた人が約4割にのぼる。特に中高年男性において、退職後に友人ゼロという状況は珍しくない。「会社」という共同体が人間関係の大部分を担ってきた社会の、ひずみがここに現れている。
それでも、ドアをノックすることはできる
マッカーシーは深夜、暗闇の中でつぶやいた。「くそ、会いに行こう」。
翌朝、彼は車に乗り、バルティモアに向かい、スティーヴのドアをノックした。断られても、もう一度。それだけのことだった。しかしその「それだけのこと」が、どれほど難しいかを、彼自身が誰よりもわかっていた。
友情は感情ではなく、行動だ。200時間という数字は、友情が「自然に育つもの」ではなく、「意図的に作るもの」であることを示唆している。
記者
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