プーチンが望んだ世界秩序、その代償
ロシアがウクライナへの全面侵攻を開始して4年。「迅速な勝利」の夢は崩れ、多極化世界への賭けは裏目に出た。日本を含む国際社会にとって、この戦争が問い直すものとは何か。
2022年2月24日の夜明け前、キーウ郊外に砲声が響いた。プーチン大統領が「特別軍事作戦」と呼んだその攻撃は、数日で終わるはずだった。少なくとも、クレムリンはそう計算していた。
あれから4年が経った。「迅速な勝利」という夢は、長期消耗戦という現実に変わっている。
「存在すべきでない国」への賭け
プーチンがウクライナへの全面侵攻を決断した背景には、単なる領土的野心以上のものがあった。彼の論理はこうだ。ウクライナはロシアと本質的に同じ民族であり、独立した国家として存在することは歴史的な誤りである——。この認識が、侵攻の「正当性」として機能した。
しかし、もう一つの目標があった。冷戦終結後に続いた「一極支配」、すなわちアメリカ主導の国際秩序を終わらせることだ。ウクライナを素早く制圧することで、NATOの無力さを世界に示し、多極化した新しい世界秩序の到来を告げる——それがロシアの描いたシナリオだった。
結果はどうだったか。NATOは弱体化するどころか、フィンランドとスウェーデンという長年の中立国を新たに取り込み、むしろ拡大した。EUはエネルギー依存という弱点を露呈しながらも、対ロシア制裁で結束した。「多極化」の旗手として期待された中国は、公然とした軍事支援は避け、微妙な距離を保ち続けている。
消耗戦が変えた地政学の地図
4年間の戦争は、国際秩序の地図を確かに塗り替えた。ただし、プーチンが望んだ方向とは異なる形で。
ロシアは西側の制裁によって経済的に孤立し、軍事的損耗も甚大だ。一方で、ウクライナは「存在すべきでない国」どころか、その国家的アイデンティティを戦火の中で強固にした。ゼレンスキー政権への支持は、国内外を問わず当初の予想をはるかに超えて持続している。
しかし、状況は単純ではない。トランプ政権の復帰により、アメリカの対ウクライナ支援の継続性に疑問符がついている。欧州各国は自前の防衛力強化を迫られており、これは冷戦後の安全保障の枠組みそのものへの問い直しを意味する。
日本にとっても、この変化は対岸の火事ではない。G7の一員として対ロシア制裁に参加した日本は、エネルギー安全保障の再構築を急ぐ一方、サハリンプロジェクトへの関与という難しい選択を迫られてきた。さらに、ウクライナ情勢は台湾海峡をめぐる議論と不可分に結びついている。「力による現状変更を許さない」という原則が試されているのは、欧州だけではないからだ。
誰が「勝者」で、誰が「敗者」か
この戦争の利害関係者は複雑に絡み合っている。
ロシアの視点から見れば、西側の「代理戦争」に耐え抜いていること自体が一種の勝利だという主張もある。制裁下でも経済は完全には崩壊せず、中国やインドとの関係を深めることで迂回路を確保してきた。
ウクライナにとっては、独立と主権の防衛という点では粘り強く戦い続けているが、国土の一部は依然として占領下にあり、人的・経済的損失は計り知れない。
欧州の防衛産業は活況を呈しているが、それは安全保障環境の悪化という文脈においてであり、手放しで喜べるものではない。
一方、グローバルサウスと呼ばれる途上国群は、この戦争を「欧米対ロシア」という二項対立では見ていない国も多い。食料・エネルギー価格の高騰という形で最も直接的な打撃を受けながら、どちらの陣営にも与しないという立場を維持している国が少なくない。
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