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「神の意志」が国防長官室に入った日
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「神の意志」が国防長官室に入った日

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ヘグセス国防長官の宗教的背景と発言が示すもの——アメリカの軍事行動は今、どのような信仰の論理で動いているのか。宗教と国家権力の交差点を読む。

「すべての弾丸が、正義の敵に命中せよ」——これは映画の台詞ではない。2026年3月25日、アメリカ合衆国の国防長官が、イランとの戦争中に行った祈祷の言葉だ。

ピート・ヘグセス国防長官の言葉は、単なる個人的な信仰表現として片付けられるものではない。彼の宗教的背景を丁寧に読み解くと、現在のアメリカの軍事行動が、どのような世界観の上に立っているかが見えてくる。

CRECとは何か——モスクワ発の「戦闘的教会」

ヘグセスが所属するのは、CREC(改革派福音主義教会の聖体拝領)という教会ネットワークだ。1993年ダグ・ウィルソン牧師がアイダホ州モスクワで設立し、現在は北米・欧州・アジア・南米に160以上の教会を持つ。

このネットワークの神学的根幹は「キリスト教再建主義」と呼ばれる20世紀の運動に由来する。その核心は単純だ——政府は聖書の法に基づいて統治されるべきであり、キリスト教徒のみが公職を担う資格を持つ、という主張だ。

ウィルソン牧師は「モスクワをキリスト教の町にしたい」と公言し、2026年2月にはヘグセスの招待でペンタゴンで祈祷を行った。その場で彼は集まった軍人たちに向けて語った——「イエス・キリストの名を持つ者に、それより強い鎧はない。悪魔の研究開発チームも、その鎧を貫く武器を開発できていない」と。軍の任務の成否を、信仰と悪魔との戦いに結びつけた言葉だ。

CRECは宗教的多元主義を否定し、政教分離を定めたアメリカ憲法の「国教樹立禁止条項」についても、一般的な解釈とは異なる立場をとる。宗教学者のジュリー・インガーソルが指摘するように、このコミュニティでは「宗教的問題と政治的問題の区別が存在しない」。

「十字軍」の言語で語られる現代の戦争

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ヘグセスの体には、ラテン語で「Deus Vult(神はそれを望む)」というタトゥーがある。これは中世の十字軍の戦闘口号だ。アラビア語で「不信者」を意味する言葉のタトゥーも持ち、著書のタイトルは『アメリカン・クルセード(アメリカの十字軍)』。

2026年2月28日にイランへの爆撃が始まって以降、彼の発言は一貫して宗教的な枠組みを使い続けている。「われわれは、核能力を求める宗教的狂信者と戦っている」と述べる一方で、自らの軍事行動を「正義」の言語で正当化する。

2026年3月5日には南米・中米の指導者たちへの演説で、「われわれは同じ利益を共有している。なぜなら、われわれはキリスト教国家だからだ」と述べ、軍事介入の正当性を「共有されたキリスト教的アイデンティティ」に求めた。

これは単なる修辞の問題ではない。外交や軍事判断が、宗教的世界観のフィルターを通して行われているとすれば、その影響は世界規模に及ぶ。

日本にとって、この問題はどう見えるか

日本の読者にとって、アメリカの国内宗教事情は遠い話に思えるかもしれない。しかし、いくつかの接点は無視できない。

第一に、日米同盟の文脈だ。アメリカの軍事行動の論理が宗教的枠組みで語られるとき、同盟国である日本はどのような立場に置かれるのか。憲法上、政教分離を定める日本が、宗教的正当性を前面に出す軍事行動に連帯を求められる場面は、今後も起こりうる。

第二に、中東情勢の安定と日本のエネルギー安全保障の問題だ。イランとの軍事衝突が長期化すれば、ホルムズ海峡を経由する石油輸送への影響は直接的だ。日本の石油輸入の約9割は中東に依存しており、この地域の不安定化は経済に直結する。

第三に、より広い文化的問いがある。日本は世界でも有数の宗教的多元社会であり、特定の宗教が政治的権威を主張することへの警戒感は、歴史的経験からも根深い。「神の名のもとに行われる戦争」という構図は、日本社会が最も慎重に向き合ってきたテーマの一つだ。

CRECが抱える論争も見逃せない。1996年ウィルソンが奴隷制度を肯定的に描いた書籍を出版したこと、教会内での性的虐待疑惑が報じられたこと——これらは、この宗教ネットワークの倫理的信頼性に対する疑問を呼んでいる。

本コンテンツはAIが原文記事を基に要約・分析したものです。正確性に努めていますが、誤りがある可能性があります。原文の確認をお勧めします。

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