「戦争省」はまだAnthropicを使っている
米国防総省がAnthropicをサプライチェーンリスクに指定しながらも、イラン戦争でClaude AIを継続使用。PalantirのCEOが初めて公式コメント。AI企業と安全保障の複雑な関係を読み解く。
「排除する」と言いながら、今日も使い続けている。
米国防総省がAnthropicのClaudeを「サプライチェーンリスク」に指定してから1週間が経った。だが現実は、指定の翌日もその翌日も、米軍はClaudeをイランでの軍事作戦に使い続けている。そして2026年3月12日、PalantirのCEO Alex Karp が初めてこの矛盾について公式に口を開いた。
何が起きているのか:政治と現場の乖離
事の始まりは2月末、トランプ大統領が自身のSNS「Truth Social」に投稿した一言だった。Anthropicのスタッフを「左翼のキチガイども(leftwing nut jobs)」と呼び、連邦機関に対して6ヶ月以内にAnthropicの製品を段階的に廃止するよう命じたのだ。その後、国防総省はAnthropicを正式にサプライチェーンリスクに指定した。
ところが、PalantirのKarp CEOはCNBCのインタビューでこう述べた。「『戦争省(Department of War)』はAnthropicを段階的に廃止する計画だが、現時点ではまだ廃止されていない。我々の製品はAnthropicと統合されており、将来的には他の大規模言語モデルとも統合される予定だ」。
国防総省のCTO(最高技術責任者)Emil Michaelも同日、CNBCに対して率直に認めた。「深く組み込まれたシステムを一夜にして取り除くことはできない」。さらに、6ヶ月後も機密性の高い作戦においてClaudeの使用が継続される可能性を示唆した。国防総省CIO(最高情報責任者)Kirsten Daviesの内部メモには、「ミッションクリティカルな活動」については例外が認められると明記されている。
一方、Anthropicは黙っていなかった。月曜日(3月9日)、トランプ政権を相手取り、サプライチェーンリスク指定の撤回を求める訴訟を起こした。
なぜ今、この問題が重要なのか
この騒動の背景には、2024年に締結されたAnthropicとPalantir、そしてAmazon Web Services(AWS)の三社による国防総省支援の契約がある。AIが単なる「便利なツール」ではなく、実際の戦争遂行の中枢に組み込まれた時代において、一企業の政治的立場がそのまま安全保障上の脆弱性と見なされる——そういう時代に私たちは突入している。
Lockheed Martinのような他の防衛関連企業は、社員に対してClaudeの使用停止を通達した。しかしPalantirは「統合されている」という現実を盾に、使用継続を認めた。これは単なる技術的な移行期間の問題ではない。AIシステムが軍事インフラに深く根を張ったとき、政治的な決定がどれほど「現実」に追いつけないかを示している。
日本にとってこの問題は対岸の火事ではない。防衛省や自衛隊も、米国との同盟関係の中でAIシステムの導入を加速させている。もし日本の安全保障システムが特定の民間AIに依存した場合、同様の政治的リスクにさらされる可能性がある。また、ソニーや富士通など日本の大手テクノロジー企業も、グローバルなAIサプライチェーンの中に組み込まれており、米国の政策変更の影響を無視できない。
誰が得をして、誰が損をするのか
Palantirにとって、この状況は複雑だ。短期的には「現実的な対応」として評価されるかもしれないが、長期的には「政治的に信頼できるパートナー」としての立場を確立するため、Anthropic以外のモデルへの移行を急ぐ必要がある。Karp CEOが「将来的には他のLLMとも統合される」と述べたのは、そのシグナルだろう。
Anthropicにとっては、訴訟という強硬手段に出た以上、引き下がれない。しかし政府との対立は、他の連邦契約にも影響を及ぼしかねない。
投資家の視点では、Palantir株(PLTR)はこの不透明な状況の中でどう動くか。防衛AIへの依存度が高い同社にとって、AIパートナーの政治的リスクは直接的な事業リスクだ。
一方、この混乱から最も恩恵を受けるのは、政治的に「安全」とみなされる別のAI企業かもしれない。xAI(イーロン・マスク)や、よりトランプ政権に近い立場のAI企業が、国防省の新たなパートナーとして台頭する可能性がある。
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