アプリが消える日——スマホの次を描くNothingのCEO
NothingのCEOカール・ペイが「アプリのない未来」を語った。AIエージェントが人間の代わりに操作する新しいスマートフォンとは何か。日本社会への影響も含めて考える。
コーヒーを友人と飲む約束をするだけで、4つのアプリを開かなければならない。メッセージアプリ、地図、Uber、カレンダー——。これを「非効率」と感じたことはないだろうか。
NothingのCEO、カール・ペイ氏は、この「当たり前」に強い問題意識を持っている。2026年3月、米テキサス州オースティンで開催されたSXSWカンファレンスで、彼はこう言い切った。「アプリは消える。それを好むかどうかに関わらず、アプリに価値の核心を置いているスタートアップは、必ず破壊される」。
スマートフォンは「20年間変わっていない」
ペイ氏の主張の出発点は、シンプルな観察だ。iPhoneが登場して約20年が経つが、スマートフォンの基本的な使い方はほとんど変わっていない。ロック画面、ホーム画面、アプリ一覧——この構造は、かつてのPalm PilotやPDAと本質的に同じだという。
「技術は進化したのに、製品は進化していない」とペイ氏は語る。これはNothingにとって単なる批評ではなく、事業の核心でもある。同社は昨年、2億ドル(約300億円)のシリーズC資金調達を完了しており、その際のピッチの柱が「AIファーストデバイス」という構想だった。ユーザーがAIの判断を「後から確認しなくてもいい」ほど精度の高いパーソナライゼーション技術を実現する——それがNothingの描く次世代スマートフォンだ。
ペイ氏はAIエージェントの進化を3段階で説明する。第1段階は、ユーザーの命令を受けてフライトやホテルを予約するといった「代行機能」。これは現在すでに一部の企業が試みているが、ペイ氏は「退屈だ」と一蹴する。第2段階は、AIがユーザーの長期的な意図を学習し、例えば「健康になりたい」という目標に向けて自発的に提案を行う段階。そして最終段階は、ユーザーが命令しなくても、AIが先回りして行動する世界だ。「システムが私たちのことをよく知っていれば、私たちが気づいていなかったことまで提案してくれる」とペイ氏は語り、ChatGPTのメモリ機能をその初期的な例として挙げた。
「人間のインターフェースをAIに使わせるな」
このビジョンが実現するとき、スマートフォンのインターフェース自体が根本から変わる、とペイ氏は言う。現在のAIエージェントの多くは、人間がタップするように画面を操作してアプリを使う。しかし彼はこれを「未来ではない」と断言する。「エージェントが人間のインターフェースを使うのではなく、エージェントのためのインターフェースを作るべきだ」。
つまり、アプリが消えるのではなく、アプリの「見た目」が人間向けから機械向けへと変わる、ということだ。Nothingのオペレーティングシステムは現在、ユーザーが「バイブコーディング」でミニアプリを自作できる機能を提供しているが、それも過渡期の姿に過ぎない。
もっとも、ペイ氏自身も「近い将来にアプリが消えるわけではない」と慎重に付け加えている。これはビジョンであり、ロードマップではない。
日本社会への問い——高齢化とAIの接点
このビジョンを日本の文脈で考えると、興味深い接点が浮かび上がる。日本は世界有数の高齢化社会であり、スマートフォンの操作に困難を感じる高齢者は少なくない。「意図を伝えるだけでAIが実行してくれる」デバイスは、デジタルデバイドを縮小する可能性を持つ。
一方で、日本のアプリ産業への影響も無視できない。LINE、楽天、PayPayなど、日本のデジタルインフラを支えるサービスの多くはアプリを基盤としている。AIエージェントが普及した世界では、これらの企業はどのように価値を提供し続けるのか。バックエンドのAPIやデータへのアクセスを握ることが、次の競争軸になるかもしれない。
また、日本企業の強みである「ものづくり」の観点からも、ハードウェアとAIの統合は重要なテーマだ。ソニーやシャープがAIファーストデバイスの文脈でどのような役割を担えるか——あるいは担えないか——は、今後数年で明らかになるだろう。
批判的な視点も存在する。AIがユーザーの「意図」を先読みするということは、膨大な個人データの収集と分析を前提とする。プライバシーへの感度が高い日本社会において、「システムが私のことをよく知っている」という状態をどこまで受け入れられるか、は決して自明ではない。
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