韓国からTHAADが消える日:米軍再編が問う同盟の重さ
米軍がTHAADパトリオットミサイルを韓国から中東へ移送。イラン戦争が引き起こした防衛資産の再配置が、北朝鮮抑止力と日本の安全保障環境に何を意味するのかを多角的に分析します。
韓国に配備されているTHAADが、静かに解体されている。
2026年3月10日、慶尚北道・星州の米軍基地でTHAAD発射台が分解される写真が公開された。イラン戦争が開戦から2週間を迎えるなか、米軍は韓国からパトリオットミサイル防衛システムおよびTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の一部を中東へ移送しつつある。韓国軍と在韓米軍(USFK)は公式確認を避けているが、リアルタイム飛行追跡サイトによれば、先月末以降、烏山空軍基地からC-5輸送機2機、C-17輸送機11機が相次いで離陸している。
「反対したが、現実は違う」――李在明大統領の苦渋
2月28日、米国とイスラエルによるテヘランへの合同攻撃でイラン戦争が始まった。イランは大規模なミサイルとドローンの報復攻撃で応じ、米軍の迎撃ミサイル備蓄が急速に減少しているとされる。ワシントン・ポストは米政府高官2名の証言として、国防総省がTHAADシステムの一部を韓国から中東へ移送していると報じた。
李在明大統領は3月10日の閣議でこう述べた。「状況の展開次第では、在韓米軍が独自の軍事的必要性に基づき、一部の防空システムを海外に派遣する可能性がある。我々は反対意思を表明したが、我が国の立場を完全に貫けないというのが厳しい現実だ」。
この発言は、米韓同盟における非対称な力関係を率直に認めたものとして、韓国国内で波紋を広げている。同盟国であっても、自国領土に配備された防衛資産の行方を最終的に決めるのは米国側だという現実が、改めて浮き彫りになった。
韓国の防衛体制に何が残るか
THAADは、北朝鮮のミサイルが最終飛行段階に入った際に撃墜するよう設計されており、韓国の多層ミサイル防衛体制の要だ。問題は、韓国に配備されているTHAADはわずか1基である点だ。パトリオットについては、韓国軍が独自に保有するパトリオット砲台と中距離地対空ミサイル「天弓II」がある程度の代替となり得るが、THAADに代わるシステムは存在しない。
韓国国防大学の鄭漢範教授は「現時点では(北朝鮮抑止への)影響はないと思われる。移送対象となっているのは予備資産である可能性が高い」と述べ、短期的な直接影響を否定した。韓国政府も、国防予算の規模と自国の防衛力を理由に、抑止態勢が「著しく損なわれることは絶対にない」(李大統領)との立場だ。
一方で、韓国は2024年に射程高度40キロメートル以上での迎撃が可能な国産長距離地対空ミサイル(L-SAM)の開発を完了しており、配備は2027年から始まる見通しだ。それまでの空白期間をどう埋めるかが、現実的な課題として残る。
「戦略的柔軟性」という名の地殻変動
今回の動きは、単なる緊急対応にとどまらない可能性がある。米国はかねてより、在韓米軍の運用範囲を朝鮮半島に限定せず、台湾有事を含む中国関連の有事にも対応できる「戦略的柔軟性」を追求してきた。今回の中東への資産移送は、その実践例とも読める。
前例もある。2003年のイラク戦争では在韓米軍の戦闘部隊が動員され、戦争終結後の2011年まで帰還しなかった。もし今後、イラン紛争が地上戦を伴う規模に拡大すれば、防衛資産だけでなく人員の移送も視野に入ってくる。さらに、陸軍戦術ミサイルシステム(ATACMS)などの追加資産が移送される可能性にも、専門家たちは注目している。
日本への視線:対岸の火事ではない
日本にとって、この事態は決して遠い話ではない。在日米軍と在韓米軍は、北東アジアの安全保障において一体的に機能している。韓国の防衛能力に空白が生じれば、北朝鮮の行動計算に変化を与える可能性があり、その影響は日本の安全保障環境にも波及する。
加えて、米国が中東・欧州・インド太平洋という複数の正面で同時に軍事的コミットメントを求められる状況は、日本の防衛費増額や自衛能力強化を求める声に新たな現実的根拠を与えている。岸田文雄政権以降、日本が進めてきた防衛力の抜本的強化路線は、こうした文脈においてより具体的な意味を持つ。
日本の防衛産業、特に三菱重工や川崎重工が手がける国産防空システムの開発・輸出動向にも、今後注目が集まるだろう。米国製システムへの依存リスクが可視化されるなか、自国製あるいは同盟国間での共同開発への関心が高まる可能性がある。
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