イランとの戦争が起きたら、世界経済はどうなるか
イランとの軍事衝突が現実となった場合、石油価格の急騰、ホルムズ海峡の封鎖リスク、そして日本経済への波及効果を多角的に分析する。エネルギー安全保障の観点から読み解く。
1バレル200ドル。これは荒唐無稽な数字ではありません。イランとの本格的な軍事衝突が起きた場合、複数のエネルギーアナリストが試算する原油価格の上限です。そしてその瞬間、日本は最も深刻な打撃を受ける国のひとつになります。
ホルムズ海峡という「世界の咽喉」
地図を広げてみてください。ペルシャ湾の出口にある幅わずか33キロメートルの水道、ホルムズ海峡。ここを毎日通過するタンカーが運ぶ石油は、世界の海上原油取引量の約20%に相当します。サウジアラビア、イラク、UAE、クウェート——中東の主要産油国が輸出する石油の大半が、この狭い水路を通らなければ世界市場に届きません。
イランはこの海峡に面した国であり、長年にわたり「有事の際にはホルムズを封鎖する」と繰り返し示唆してきました。実際に封鎖が実行されれば、あるいは単に「封鎖されるかもしれない」という市場の恐怖だけでも、原油価格は即座に跳ね上がります。2019年にサウジアラビアの石油施設がドローン攻撃を受けた際、原油価格は一夜にして15%上昇しました。あれは生産量の一時的な減少に過ぎませんでした。ホルムズ封鎖は次元が異なります。
日本にとっての現実
なぜ日本がとりわけ脆弱なのか。答えはシンプルです。日本が輸入する原油の約90%が中東産であり、そのほぼすべてがホルムズ海峡を通過します。トヨタの工場も、東京電力の発電所も、スーパーに並ぶ食品も——エネルギーと物流のコストが跳ね上がれば、その影響は産業から家庭の食卓まで連鎖します。
2022年のロシアによるウクライナ侵攻後、日本の電気代とガス代が急騰したことを覚えているでしょうか。あのとき日本はロシア産エネルギーへの依存度は比較的低かったにもかかわらず、LNG市場全体の価格高騰に巻き込まれました。中東危機はその比ではありません。
加えて、円安という構造的な問題があります。原油はドル建てで取引されます。円が弱い局面では、原油価格の上昇が為替の不利によって二重に増幅されます。2022年に日本の貿易赤字が過去最大を記録した背景には、まさにこのメカニズムがありました。
経済的コストの試算
軍事衝突のシナリオを段階的に考えると、その経済的影響の幅は広大です。
限定的な空爆にとどまる場合、原油価格は短期的に20〜40%上昇し、その後市場が「戦争の範囲」を読み込んで落ち着く可能性があります。これは痛みを伴いますが、管理可能な範囲です。
問題は次のシナリオです。イランが報復としてホルムズ海峡での機雷敷設や船舶攻撃に踏み切った場合、保険市場がタンカーへの保険引き受けを停止または大幅に制限します。保険なしでは、民間のタンカー会社は運航できません。これは物理的な封鎖と同じ効果をもたらします。
さらにイスラエル、アメリカ、イラン、そしてヒズボラやフーシ派が絡む地域全体の紛争に発展した場合、世界のエネルギー市場は前例のない混乱に直面します。IMFの試算では、原油価格が1バレル=10ドル上昇するごとに、世界GDPは0.15〜0.2ポイント押し下げられるとされています。100ドルの上昇なら、その影響は計り知れません。
「でも代替はあるのでは?」という反論
もちろん、楽観的な見方も存在します。アメリカはシェール革命以降、世界最大の産油国となり、中東依存度を大幅に下げました。サウジアラビアには増産余力があり、戦略石油備蓄(SPR)を放出することもできます。ロシア産石油は制裁下でも一定量が市場に流れています。
しかし、これらの代替策には限界があります。アメリカのシェールオイルは増産に時間がかかります。サウジアラビア自身も中東紛争の当事者になりうる立場です。そして最も重要なのは、「代替がある」という事実と「市場がパニックを起こすかどうか」は別問題だということです。金融市場は合理的な計算より先に、恐怖で動きます。
日本企業と政府の対応力
経済産業省は長年、エネルギー安全保障の多様化を政策目標に掲げてきました。再生可能エネルギーの拡大、LNGの調達先多角化、原子力発電所の再稼働——これらはすべて、中東依存リスクを減らすための取り組みです。しかし現時点では、日本の中東依存は構造的に変わっていません。
一方で、日本企業は過去の石油ショック(1973年、1979年)を経験した結果、エネルギー効率化において世界トップクラスの技術を持っています。製造業のエネルギー消費効率は、50年前と比較して劇的に改善されています。これは一定の緩衝材になりますが、価格ショックの吸収剤にはなりません。
より大きな問いかけ
今、世界は2つの構造的変化の交差点にいます。ひとつは、脱炭素化への移行が進む中でも、化石燃料への短期的依存が続いているという矛盾。もうひとつは、アメリカの中東関与の姿勢が変化し、地域の安全保障の構図が流動化しているという現実です。
イランとの緊張は、トランプ政権の復帰、核合意(JCPOA)の事実上の崩壊、そしてイスラエルとガザをめぐる地域全体の不安定化という文脈の中にあります。これは「もしかしたら起きるかもしれない」リスクではなく、現在進行形の地政学的緊張です。
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