「敵に憎まれる者」が最高指導者になった日
イランの新最高指導者モジュタバー・ハメネイ師が就任。父の暗殺からわずか1週間、中東の混乱が深まる中、イランは何を選択したのか。地政学的影響を多角的に分析。
トランプ大統領は「受け入れられない」と言った。イスラエル軍は「後継者も排除する」と宣言した。イランはその言葉を、選出の根拠にした。
2026年3月8日、イランの専門家会議(Assembly of Experts)はモジュタバー・ハメネイ(56歳)を新たな最高指導者に選出した。父であるアリー・ハメネイ師が米・イスラエルによる空爆で暗殺されてから、わずか8日後のことだった。
「敵に憎まれる者」という選出基準
専門家会議のメンバーであるヘイダリー・アレカシル師は、選出の論拠をこう説明した。イランの最高指導者は「敵に称賛されるのではなく、敵に憎まれるべきだ」という、故ハメネイ師自身の言葉に従った選択だ、と。トランプ大統領が以前「モジュタバーは受け入れられない」と名指しで発言していたことが、逆に選出の正当性を強化した形だ。
イラン議会議長のモハンマド・バゲル・ガリバフ氏は、トランプ氏が後継者選びに口を出そうとしたことを公然と嘲笑した。「親愛なるイランの運命は、エプスタインの一味ではなく、誇り高きイラン国民のみが決める」とSNSに投稿し、物議を醸した。
新最高指導者のモジュタバー氏は、選挙に出馬したことも、公の投票を経たこともない。しかし数十年にわたり、父の「門番」として絶大な影響力を持ち続けてきた。特にイスラム革命防衛隊(IRGC)との深い関係は、彼の権力基盤を盤石なものにしている。アルジャジーラの記者アリー・ハシェム氏は「彼は父と同じ立場をとる。米国に対しても、イスラエルに対しても。穏健化は期待できない」と述べた。
なぜ今、この人選が重要なのか
父ハメネイ師は37年間にわたってイランを統治した。その死は単なる一人の指導者の喪失ではなく、イスラム共和国の「システム」そのものへの攻撃と受け止められている。米・イスラエルの攻撃が始まってからまだ2週間も経っていない今、後継者の選出は純粋な「継承」ではなく、政治的なメッセージだ。
ベイルートのアメリカン大学のラミー・フーリー氏は「この就任は継続性を示すシグナルだが、同時に明確な『反抗の行為』だ」と指摘する。「アメリカとイスラエルが体制を潰そうとしたなら、イランはこう答えた——父より強硬な人物を据えた、と」。
エネルギー市場への影響も無視できない。イランは世界有数の石油・天然ガス産出国であり、ホルムズ海峡を通じてアジアへのエネルギー供給に深く関わっている。日本はエネルギーの多くを中東に依存しており、東京電力やJXTG(ENEOSホールディングス)など日本のエネルギー企業にとって、中東情勢の長期化は調達コストの上昇と供給リスクの増大を意味する。すでに原油価格は不安定な動きを見せており、日本の製造業——トヨタや新日本製鐵を含む輸送・素材セクター——にとっても、コスト構造への影響は避けられない。
世界はこの選択をどう見るか
トランプ大統領は就任後すぐにABCニュースのインタビューで「彼は我々の承認なしには長くは持たない」と述べた。しかしイランの立場から見れば、この発言こそが選出の正当性を国内に向けて証明する材料になっている。「外圧に屈しない」という姿勢は、革命以来のイランの政治的アイデンティティの核心だからだ。
一方、欧州やアジアの外交関係者の間では、より実務的な懸念が広がっている。モジュタバー氏が短期的に強硬姿勢を維持したとしても、戦争が落ち着けば「新しいルートを探す可能性がある」とアルジャジーラのハシェム氏は指摘する。イランは国際的な孤立と経済制裁の中で、現実的な妥協を模索してきた歴史も持つ。
人権団体の視点も見逃せない。モジュタバー氏はIRGCとの深い結びつきから、国内の反体制運動への弾圧に関与してきたと指摘されている。2022年の「マフサー・アミニ事件」に端を発した大規模抗議運動の記憶は、イラン国内でまだ生々しい。新指導者のもとで、女性の権利や市民的自由がどうなるかは、国際社会が注視する点だ。
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