SVB崩壊から3年、JPモルガンは何を学んだか
シリコンバレーバンク崩壊の週末に3年分の顧客を獲得したJPモルガン。スタートアップ銀行業務の覇権をめぐる戦略と、日本のスタートアップエコシステムへの示唆を読み解きます。
2023年3月のある週末、JPモルガンのオンボーディングチームは一睡もせずに口座を開設し続けた。
たった2日間で、3年分の新規顧客が押し寄せてきたのです。
崩壊が生んだ「真空地帯」
2023年3月9日夜、JPモルガンの幹部 ダグ・ペトノ はニューヨークで同僚の退職パーティーに出席していました。そこへ ジェイミー・ダイモン CEOから呼び出しがかかります。「この電話に出ろ」——電話口には、西海岸の規制当局がいました。シリコンバレーバンク(SVB) の買収に興味はあるか、という問い合わせでした。
その翌日、SVBはカリフォルニア州当局に接収されました。420億ドルもの預金が一夜にして流出した、アメリカのスタートアップ・コミュニティの中核を担っていた銀行の突然の終焉でした。
JPモルガンはSVBの買収を最終的に見送りました。理由は単純です——SVBの顧客たちが、すでに自分たちの口座を開設しに来ていたからです。「1つの週末で3年分の新規顧客が来た」とペトノ氏はCNBCに語っています。
その瞬間、ペトノ氏はある確信を持ちます。JPモルガン がSVBの後継者として、さらにはフィンテック新興企業の Brex、Ramp、Mercury に対抗できる存在になれるのではないか、と。「市場に真空地帯が生まれた。その瞬間、誰もがチャンスを見た」と彼は振り返ります。
「種まき」から「IPO後」まで
JPモルガンのスタートアップ向け銀行業務は、実は2016年に始まっています。当初は規模の大きな成熟したスタートアップのみを対象としており、デジタルバンキングの機能も不十分でした。若い創業者たちが求める「15分以内でウェブサイトから口座開設できる」という体験を、当時のJPモルガンは提供できていなかったのです。
SVB崩壊後、ペトノ氏のチームは素早く動きます。SVBの幹部、特に SVBキャピタル の社長だった ジョン・チャイナ 氏を採用。2023年4月末には、同じく経営危機に陥っていた ファースト・リパブリック銀行 の買収にも成功します。この銀行もテクノロジー業界に強みを持っていました。
その結果、2023年だけでスタートアップ銀行業務の収益は2倍になりました。現在、JPモルガンのスタートアップ顧客数はSVB崩壊前の4倍となる約1万2,000社に達し、550人の専任バンカーが両海岸でサービスを提供しています。
目標は明確です。「シード投資からIPO、そしてその先まで、創業者のすべてのニーズに応える一気通貫のパートナーになること」。ペトノ氏の言葉を借りれば、「一度オンボードされたら、JPモルガンを卒業することはない。ユニコーンから『マグニフィセント・セブン』になっても」。
なぜ今、この戦略が重要なのか
JPモルガンがスタートアップ銀行に力を入れる理由は、預金獲得だけではありません。同行は今年、テクノロジー予算に約200億ドルを投じています。スタートアップとの密接な関係は、サイバーセキュリティから量子コンピューティングまで、銀行自身が直面する課題への解決策を学ぶ「情報収集の窓口」でもあります。
興味深いのは、AIによる人員削減を発表したクライアント企業に対し、JPモルガンがバンカーのチームを派遣して「どのようにコスト削減を実現しているか」を調査するという慣行です。調査の結果、AIエージェントの導入が削減の主因であることはほとんどなく、過剰採用や非効率なプロセスが主な要因であることが多いとペトノ氏は述べています。これは、AI活用の実態を冷静に見る視点として注目に値します。
一方、競争は激化しています。ファースト・シチズンズ銀行 に買収されたSVBの残存事業、Mercury、Ramp、Stifel、カスタマーズ・バンク、そして今年1月にブレックス(Brex) を51億5,000万ドルで買収した キャピタル・ワン など、強力なプレイヤーが名を連ねています。
日本のスタートアップ・エコシステムへの示唆
この動きは、日本にとって他人事ではありません。
日本のスタートアップ支援において、メガバンクは長らく「敷居が高い」存在として認識されてきました。三菱UFJ銀行 や みずほ銀行 なども近年スタートアップ向けサービスを強化していますが、「口座開設に時間がかかる」「担保主義から脱却できていない」という声は依然として聞かれます。
JPモルガンが証明しようとしているのは、大手銀行でも「創業者ファースト」の文化を構築できるという点です。日本のメガバンクがこのモデルから学べることは少なくないでしょう。特に、岸田・石破政権が掲げてきた「スタートアップ育成5か年計画」の文脈において、金融機関の役割は改めて問われています。
また、アジア展開を目指す日本のスタートアップにとって、JPモルガンのような「シードからIPOまで伴走できるグローバルバンク」の存在は、選択肢として現実味を帯びてきます。
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