月750ドルの現金給付は、ホームレス状態を解消できるか
米カリフォルニア州で行われたホームレス支援の基本所得実験。103人への月750ドル給付は住居確保率を変えなかったが、生活の安定に貢献した。その結果が示す政策的示唆とは。
毎月750ドルを1年間渡しても、ホームレス状態の人が家を見つける確率はほとんど変わらなかった——しかし、それはこの実験が「失敗」だったことを意味しない。
南カリフォルニア大学ホームレス政策研究所の所長であるベンジャミン・ヘンウッド氏の研究チームは、サンフランシスコのNPO Miracle Messages と共同で、アメリカにおける初期段階のランダム化比較試験のひとつとして、ホームレス状態にある103人に対して月750ドルの現金給付を1年間行いました。その結果は近く、査読付き学術誌『Social Work Research』に掲載される予定です。
「お金があれば家に入れる」という仮説は正しかったか
研究チームが実験を始めた2022年、彼らは楽観的でした。根拠もありました。カナダで行われた類似実験では、50人のホームレス状態の参加者に一括で7,500カナダドルを給付したところ、1年間でホームレス状態にある日数が平均99日減少しました。また、Miracle Messages 自身が行った小規模パイロットでも、月500ドルを6か月間給付した9人のうち6人が長期的な住居を確保しています。
しかし今回の結果は、その期待を裏切るものでした。
1年後、給付を受けたグループのうち住居を確保できた人の割合は約半数。ところが、給付を受けていないグループでも、ほぼ同じ割合の人が住居を見つけていたのです。統計的に有意な差は生まれませんでした。
この結果が示しているのは、ある重要な現実です。アメリカでは、ホームレス状態は多くの人にとって一時的なものであり、路上で生活している人の大半は、自ら住居を探し続けているということです。
お金は何に使われたのか
現金給付への批判として常に挙がるのが、「お酒や違法薬物に使ってしまうのではないか」という懸念です。しかし、今回の研究ではそのような傾向は確認されませんでした。
参加者が給付金を使った内訳を見ると、食費・住居関連費用・交通費・医療費といった基本的なニーズへの支出が大半を占めていました。アルコール・タバコ・違法薬物への支出は全体の5%にとどまっています。
しかし数字だけでは見えてこない部分もあります。ある参加者は、仕事への通勤と夜間の就寝場所を兼ねる車の維持費に充てました。別の参加者は家族への誕生日プレゼントを買い、また別の人は高齢の親に仕送りをしました。クレジットカードの借金を返済した人もいれば、慈善団体に寄付をすることで「誰かの役に立てている」という感覚を取り戻した人もいました。
住居確保という指標では差が出なかったものの、生活の安定感や心理的な余裕という面では、給付を受けたグループに明らかなプラスの変化が見られました。研究チームは「給付が参加者に害をもたらした証拠はない」と結論づけています。
なぜ750ドルでは住居確保に結びつかなかったのか
答えはシンプルです。家賃が高すぎるのです。
2026年2月時点でのアメリカ全国平均の1ベッドルームアパートの家賃は、月750ドルの約2倍にのぼります。現金給付が生活費の補助として機能したとしても、住居確保という目的に対しては、その額は根本的に不足していました。
ヘンウッド氏はこう述べています。「基本所得アプローチがホームレス問題に対抗するためには、月々の支払い額を大きくするか、給付期間を長くするか、あるいはその両方が必要だ。支払い額は、地域の月額家賃全体をカバーできる水準に近づけるべきだ」
一方で、家賃バウチャーや家賃補助といった住居に直結したプログラムの方が、住居確保という指標においては即効性があるという示唆も、この研究は含んでいます。
日本社会が受け取るべき示唆
この研究はアメリカの話ですが、日本にとっても無関係ではありません。
日本では近年、路上生活者だけでなく、ネットカフェや友人宅を転々とする「隠れたホームレス」の存在が社会問題として認識されつつあります。厚生労働省の調査によれば、路上生活者数は減少傾向にあるものの、住宅確保に困難を抱える人々の数は依然として多く、特に大都市圏での家賃上昇が課題となっています。
また、日本では生活保護制度が住居確保に一定の役割を果たしていますが、申請のハードルの高さや「スティグマ(社会的烙印)」の問題が、支援を必要とする人々の制度利用を妨げているという指摘もあります。
今回の研究が示す「現金給付は生活の安定に寄与するが、住居問題には住居に特化した支援が必要」という結論は、日本の社会保障政策の設計にも重要な問いを投げかけています。
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