AIが人文学の助成金を「審査」した日
米国でDOGE職員がChatGPTを使って人文学助成金を一括削減。連邦裁判所が違憲と判断したこの事件は、知識の公共的価値と政治権力の関係を問い直す。日本の学術・文化政策にも示唆を与える。
「DEIとは何ですか?」と繰り返し問われた20代の政府職員は、大統領令を参照するしかなかった——自分の言葉では説明できなかったのだ。
何が起きたのか:ChatGPTが審査した1,400件の助成金
国家人文学基金(NEH)は1965年に設立された、アメリカ連邦政府で唯一、人文学に特化した助成機関だ。歴史研究、文学翻訳、博物館の教育プログラム、地域の文化保存活動——こうした「すぐには役立たないが、社会の根幹をなす」知的営みを支えてきた。年間予算は約2億ドル(約300億円)と、他の連邦機関に比べれば小さい。しかしその助成金は、アカデミアにおいてピュリッツァー賞やノーベル賞に匹敵するほどの権威を持つとされる。
ところが2025年初頭、イーロン・マスク率いる「政府効率化省(DOGE)」の若い職員2人——ジャスティン・フォックスとネイト・カヴァノー——が、その助成金リストを手にした。彼らに人文学の専門的背景はなかった。彼らが用いた手法は、次のようなものだった。
まず、助成金を「最もクレイジーな助成金」と「その他の悪い助成金」というバケツに仕分けた。次に、BIPOC、gay、tribal、marginalized、diversity、equity、inclusionなどのキーワードで検索した。申請書の本文や添付資料は読まなかった。そして最後に、フォックスはChatGPTに各助成金の短い説明文を送り、次のプロンプトを入力した。
「以下はDEIに関係しますか?120文字以内で事実に基づいて答えてください。'Yes.'または'No.'で始めてください。」
この「審査」の結果、1,400件以上の助成金が取り消され、その総額は1億ドル(約150億円)を超えた。捕鯨の歴史を扱う博物館の展示プロジェクトも、「インクルーシブな体験を創出しようとしており、DEIの原則に沿っている」という理由で削除された。ハーバード大学のウクライナ研究所が申請していたウクライナ文学の英訳プロジェクトも、1年以上の準備の末に取り消された。異議申し立てへの回答は、ついに来なかった。
2026年5月8日、連邦地裁のコリーン・マクマホン判事は143ページに及ぶ判決を下し、この助成金削減を違憲と判断した。DOGE職員にはNEH助成金を終了させる権限がなく、削減は合衆国憲法修正第1条(表現の自由)および第5条(適正手続き)に違反するとした。判決はNEHが「政府の表現のための道具として設立されたのではなく、民間市民、学者、教師、作家、機関の知的・文化的営みを支援するために設立された」と明記した。
ホワイトハウスは判決を「リベラルな判事が納税者の負担で無駄な連邦支出を復活させようとした例」と批判し、上訴する姿勢を示唆した。
なぜ今、これが重要なのか
この事件は、単なる予算削減の話ではない。知識の生産と流通を誰がコントロールするか、という問いだ。
トランプ政権は2025年の復帰直後から、歴史の語られ方を変えようとする一連の動きを見せてきた。スミソニアン博物館への介入、国立衛生研究所(NIH)の研究資金削減、大学への圧力、ワクチンや気候変動に関する科学的コンセンサスへの異議申し立て——これらは個別の出来事ではなく、一つの方向性を持った政策群として読める。
興味深いのは、削減された資金の行き先だ。NEHの予算は縮小されたが、一部はトランプが構想する「アメリカの英雄たちの国家庭園」の建設に転用された。また、アメリカ建国250周年に関連する人文学プロジェクトへの1,000万ドルの「特別」助成金や、右派系ユダヤ人市民団体への1,040万ドルの助成金など、政権の優先事項に沿った大型案件が新たに設けられた。削減は「節約」ではなく、「再配分」だった——ただし、その方向性は明確な政治的意図を持っていた。
ペンシルベニア州立大学の英語学教授、エリザベス・カデツキーはインドの盗難遺物を研究するための助成金を取り消された。彼女はこう語る。「ピュリッツァー賞やノーベル賞を受賞した後に、『すみません、やっぱりなかったことに』と言われたらどう感じますか?」
日本社会への接続:「役に立たない学問」の価値
この事件を日本から見るとき、いくつかの接点が浮かぶ。
2015年、文部科学省が国立大学に対して「社会的要請の高い分野」への転換を促す通知を出した際、人文社会系学部の縮小が議論を呼んだ。「文系は役に立たない」という言説は、日本でも繰り返し浮上する。しかし今回のアメリカの事例は、その問いに別の角度から光を当てる。
捕鯨の歴史展示が「DEI的」として削除されたという事実は、ある意味で笑い話に見える。しかし裁判官自身が判決文で皮肉を込めて指摘したように、これは「鯨が捕鯨者によって絶滅危惧にさらされた種として『疎外された』地位にある」という解釈によるものだった。AIが文脈を読めないことは当然だが、問題はAIではなく、AIを「十分な審査」として採用した意思決定の構造にある。
日本の学術振興会(JSPS)や文化庁の助成金審査は、依然として専門家による査読を基本としている。しかし予算圧縮の圧力が高まる中、「効率化」の名のもとにどこまでその原則が守られるかは、他人事ではない。また、日本の文化外交——ウクライナ関連の学術交流や、アジア諸国との歴史認識をめぐる対話——も、人文学の基盤なしには成立しない。
ハーバード大学ウクライナ研究所の出版ディレクター、オレフ・コツューバがウクライナ文学の英訳プロジェクトのために1年以上かけて準備した申請書は、AIの「Yes/No」判定で消えた。その翻訳は、ウクライナ情勢を理解するための知的インフラとなるはずだった。知識の空白は、政策判断の空白に直結する。
多様な視点:誰がどう見るか
原告側の人文学者や研究機関は、今回の判決を「道義的勝利」と呼ぶ。現代言語学会の事務局長、ポーラ・クレブスは「たとえ資金が戻らなくても、人文学への国家的コミットメントが法廷で確認されたことに意味がある」と語った。
ホワイトハウスは判決を「浪費的支出の復活」と位置づけ、上訴を示唆する。トランプ政権の支持者の一部は、NEHが「左派的アジェンダ」に資金を提供してきたという認識を持っており、その「是正」を歓迎する。
しかし保守派の中にも、方法論への批判はある。DEIを問題視するにしても、専門的審査を経ずにAIと20代の非専門家が1,400件の助成金を一括削除する手法は、「小さな政府」の哲学とも相容れない。法的根拠の薄さは、政権が最終的に求める政策目標の実現をむしろ遠ざける。
文化政策の研究者たちは、より構造的な問いを立てる。政府が人文学の内容に介入することと、人文学への公的支援を維持することは、どこまで両立できるのか。NEHはそもそも、政治的任命者が率いながらも独立した査読プロセスを持つという、ある種の「設計上の矛盾」を内包してきた。今回の事件は、その矛盾が臨界点に達したともいえる。
本コンテンツはAIが原文記事を基に要約・分析したものです。正確性に努めていますが、誤りがある可能性があります。原文の確認をお勧めします。
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