海水から飲み水へ:世界の水危機と脱塩技術の今
中東では飲料水の99%が海水淡水化で賄われています。気候変動が加速する中、この技術は世界の水問題をどう変えるのか?日本への影響も含めて考えます。
カタールに住む300万人以上の人々が、今日飲んだ水の99%は海から来ています。川も湖もない土地で、これだけの人口が生活できているのはなぜでしょうか。
砂漠の国々を支える「水の工場」
海水淡水化(デサリネーション)とは、海水から塩分や不純物を取り除き、飲料水や生活用水を作り出す技術です。アラビア半島には恒久的な川が一本も存在せず、地下水資源も極めて限られています。そのため、湾岸協力会議(GCC)加盟国——バーレーン、カタール、クウェート、アラブ首長国連邦、サウジアラビア、オマーン——は、この技術なしには都市そのものが成り立ちません。
2026年の学術誌npj Clean Waterに掲載された研究によると、世界で稼働している淡水化施設は17,910基にのぼり、そのうち4,897基が中東に集中しています。世界人口の6%しか住まないこの地域に、世界の淡水化施設の27%以上が存在するという事実は、この技術への依存度の高さを如実に示しています。
サウジアラビア東部州にあるラス・アル・ハイル水・電力プラントは、その規模の大きさで際立っています。このプラント一基だけで、1日あたり100万立方メートル以上の淡水を生産し、リヤドの数百万人の需要を賄います。附属する発電所の容量は2.4ギガワット。これは一つの「水の工場」というより、もはや都市インフラそのものです。
国際エネルギー機関(IEA)のデータによれば、淡水化プラントの平均規模は15年前の約10倍に拡大しています。大型化によって生産効率が上がり、コストが下がる——この流れは今後も続く見通しです。
成長は止まらない、しかしコストは?
中東地域の淡水化能力は、2024年から2028年の間に40%以上拡大する可能性があります。同期間の設備投資額は250億ドル(約3.7兆円)超と予測されており、サウジアラビア、イラク、エジプトで大型プラントの新設が相次ぐ見込みです。
ただし、この成長には大きな課題が伴います。IEAのデータによれば、技術の普及拡大と化石燃料から電力への移行が進むことで、淡水化が2035年までに世界の電力需要を190テラワット時押し上げる可能性があります。これは約6,000万世帯分の電力消費量に相当します。
水を作るために大量のエネルギーを使う——この構造的なジレンマが、淡水化技術の最大の課題です。再生可能エネルギーとの組み合わせが進んでいるとはいえ、電力需要の急増は電力網や環境負荷に新たな圧力をかけます。
日本にとってこの技術は「他人事」か?
日本は年間降水量が比較的豊富な国です。しかし、この問題を遠い中東の話として片付けることはできません。
まず、エネルギー・インフラの観点から見ると、東レや日東電工などの日本企業は、淡水化に使われる逆浸透(RO)膜の分野で世界トップクラスの技術を持っています。中東の淡水化市場の拡大は、これらの企業にとって直接的なビジネス機会です。実際、東レは中東・北アフリカ地域向けにRO膜の供給を拡大しており、水処理技術は日本の「静かな輸出産業」の一つとなっています。
次に、気候変動の文脈です。日本でも近年、夏季の渇水や水資源の偏在が問題になっています。人口減少と高齢化が進む地方では、老朽化した水道インフラの維持が困難になっています。淡水化技術は現時点では日本国内での大規模普及は現実的ではありませんが、離島や特定地域での活用、あるいは将来的な気候変動への備えとして、研究・投資の対象になりつつあります。
さらに、地政学的リスクの観点も無視できません。中東の水インフラが紛争や気候変動によって脅かされた場合、それはエネルギー供給や食料安全保障を通じて日本経済にも波及します。日本が輸入する食料の多くは、淡水化で作られた水で育てられた農産物です。
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