銀行が去った後、スタブルコインが来た
イラン紛争を契機に欧州のコモディティトレーダーが銀行口座を失いつつある。USDTなどのスタブルコインが2兆ドルの貿易金融市場に浸透する背景と、日本企業への影響を読み解く。
ホルムズ海峡を通過する船舶の「安全通行料」が、ビットコインで支払われている——。これは近未来のSFではなく、2026年の現実だ。
銀行が「撤退」する貿易金融の現場
欧州のあるコモディティトレーダーは最近、取引銀行から突然の通告を受けた。口座を閉鎖する、というものだ。理由は明確ではなかったが、背景にあるのはイランとの間接的な取引リスクへの懸念だった。オマーンや湾岸地域の企業を経由した「合法的に見える取引」でさえ、制裁対象のイラン企業との間接的な接点があるとみなされる可能性がある。銀行はそのリスクを取ることを拒否し、口座ごと閉鎖する「デバンキング(debanking)」という選択をした。
貿易金融スタブルコイン発行会社 Haycen のCEO、ルーク・サリー 氏はCoinDeskのインタビューでこう語った。「イランをめぐる戦争が始まって以来、銀行は特定のコモディティフローからさらに撤退しています。実際に今、デバンキングされているコモディティトレーダーたちと話しました」。
貿易金融とは、国際貿易における商品の移動を資金面で支える仕組みだ。カタールからの液体ヘリウムを韓国へ、南アフリカのマンガンをインドネシアへ——こうした世界規模の物流を支える約2兆ドル規模の市場である。かつては銀行が主役だったが、今やその大半を非銀行系の民間クレジットファンドが担っている。年率約15%の利回りを得ながら、世界中の借り手に流動性を提供している。
しかし、これらのノンバンク系レンダーも、決済や送金には依然として銀行のインフラに依存している。そこに今、亀裂が生じている。
USDTが「穴」を埋める
銀行が去った後、その空白を埋めているのが Tether の USDT をはじめとするスタブルコインだ。
スタブルコインとは、米ドルなどの法定通貨に価値を連動させた暗号資産のことだ。かつては暗号資産取引所の内部決済ツールにすぎなかったが、今や様相が変わった。2025年の時点でスタブルコイン全体の時価総額は3,000億ドルを超え、年率約50%のペースで成長している。取引量はさらに急増しており、2025年には4兆ドルを超え、オンチェーン全取引の約30%を占めるに至った。
サリー氏はUSDTの普及についてこう説明する。「世界中にUSDTの流動性があるため、人々は受け取ることをいとわない。なぜなら、自国の誰かが最終的にドルに換えてくれるからです」。新興市場では、銀行口座を持てない企業や個人にとって、USDTは事実上のドルアクセス手段になっている。
ただし、サリー氏自身も認めるように、これはあくまで「ワークアラウンド(回避策)」であり、貿易金融全体の解決策ではない。
Haycenが狙う「次のレイヤー」
Haycen はこの市場の構造的変化を事業機会と捉えている。同社が発行するスタブルコイン USDhn は、貿易金融に特化して設計されており、ノンバンク系グローバル貿易の流動性・決済レイヤーになることを目指している。
従来のコルレス銀行経由では、送金に最大7営業日かかることもある。それに対してHaycenのモデルでは、資金の入出金、カウンターパーティとの確認、即時決済をひとつのプラットフォームで完結できるという。「資金が7日間どこかに消えることはない」とサリー氏は言う。
他のスタブルコイン事業者との差別化についても明確だ。「他のスタブルコインビジネスはすべて、ペイメントビジネスか暗号資産取引ビジネスです。私たちは別の問題を解いています」。
日本企業にとっての意味は?
この動きは、日本の貿易実務にも無縁ではない。日本は原油の約9割を中東に依存しており、ホルムズ海峡はエネルギー安全保障の生命線だ。イランをめぐる地政学リスクが高まれば、日本の商社や資源会社が利用するコルレス銀行ネットワークにも影響が及ぶ可能性がある。
三菱商事 や 伊藤忠商事 のような総合商社は、世界中のコモディティフローを管理しており、取引相手国の金融インフラの変化に敏感だ。スタブルコインが新興市場における決済の標準になりつつあるとすれば、これらの企業の財務・コンプライアンス部門は対応戦略を迫られることになる。
一方、日本の金融当局は暗号資産に対して比較的慎重なスタンスを維持してきた。金融庁(FSA) はステーブルコインの発行規制を2023年に整備したが、機関投資家レベルの貿易決済への活用については、まだグレーゾーンが多い。規制の明確化が進むかどうかが、日本企業の対応速度を左右するだろう。
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