大卒なのに「労働者階級」——アメリカの静かな反乱
高学歴でも報われない若者たちがスターバックスやアップルでユニオンを結成する。アメリカで起きている「大卒労働者階級」の台頭は、日本社会にも問いを投げかける。
大学を卒業したのに、フードスタンプを申請しなければならない——これは、今のアメリカで現実に起きていることです。
ノーム・シャイバーの新著『Mutiny: The Rise and Revolt of the College-Educated Working Class』(反乱:大卒労働者階級の台頭と蜂起)は、そんな若者たちの姿を丁寧に記録しています。名門グリネル大学を卒業し、権威ある奨学金を得た青年が、シカゴのスターバックスでラテを作り続けている。メリーランドのアップルストアで働く女性は、「クリエイティブ」という肩書きをもらいながら、実態は高額ヘッドセットを売り込む販売員に過ぎなかった。彼らが最終的に向かった先は、ユニオン(労働組合)の結成でした。
「大卒=中産階級」という方程式の崩壊
かつてアメリカでは、大学の学位は安定した中産階級への切符でした。統計上、大卒者は高卒者に比べて生涯賃金が75%高いとされています。しかし、その差は過去20年間で縮小し続けています。2008年のリーマンショックとコロナ禍が追い打ちをかけ、「高い学費を払ったのに、見合う仕事がない」という現実が広がりました。
歴史学者のピーター・ターチンはこれを「エリートの過剰生産」と呼びます。高い資格を持つ人間が増えすぎた一方で、その資格を必要とする職が追いつかない。競争は激化し、期待と現実の落差が若者たちを政治的に急進化させていく。ターチンはフランス革命前夜やロシア革命前夜にも同じパターンを見出しており、現在のアメリカをその文脈に位置づけています。
シャイバーが取材した若者たちの共通点は、「自分たちはランク・アンド・ファイル(一般従業員)だ」という自覚に目覚めたことです。アマゾンの倉庫では、元従業員のクリス・スモールズが解雇をきっかけに史上初のアマゾン労組を結成。スターバックスでは2020年代初頭から全米各地で組合結成の動きが広がりました。コロナ禍が「エッセンシャルワーカー」という言葉を生み、働く人々の不公平感を可視化したことが、その火付け役となりました。
文化戦争が階級闘争を飲み込む
しかし、この運動には複雑な亀裂が走っています。スモールズは自身の回顧録の中で、「白人の高学歴オルガナイザーが本物の労働者から主導権を奪おうとした」と批判しています。スターバックスの組合員がSNSでパレスチナ連帯を表明したことは、賃金交渉そのものよりも大きな論争を巻き起こしました。「ガザへの連帯」が「時給の交渉」よりも注目されてしまう——これが、シャイバーも認める運動の脆弱性です。
アメリカ政治の最大の断層線は今も「大卒対非大卒」です。2024年の大統領選では、大卒者がカマラ・ハリスを16ポイント差で支持した一方、非大卒者は同じ差でトランプを支持しました。スターバックスで組合を作った大卒バリスタと、製造業で働くジョン・ディアの機械工は、どちらも組合員かもしれませんが、互いを「仲間」と感じられるかどうかは別の問題です。経済的な共通の利害より、文化的・政治的な分断の方が、今は深く刻まれています。
日本社会への問い——「非正規の高学歴」は見えているか
この問題は、決してアメリカだけの話ではありません。日本でも、大学院を出ながら非常勤講師を掛け持ちする人文系研究者、IT企業で「エンジニア」の肩書きを持ちながら実態は派遣社員という若者、「やりがい」を売りにする企業に就職して過重労働に陥る新卒者——類似した構造は確かに存在します。
ただし、日本とアメリカでは文脈が異なります。日本の労働運動は企業別組合が中心であり、職種や産業を横断した連帯は構造的に難しい。また、「迷惑をかけない」「和を乱さない」という文化規範が、公然たる組合活動への心理的ハードルを高めています。少子高齢化による人手不足が賃金を押し上げる場面もありますが、それは若者の不満を根本的に解消するものではありません。
トヨタやソニーのような大企業が終身雇用モデルを見直しつつある今、「頑張れば報われる」という物語の説得力は、静かに、しかし確実に薄れています。
記者
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