米国選挙法改正案が問いかける「投票権」の本質
共和党が推進する選挙改正法案が憲法上の問題を抱える理由と、各州の権限をめぐる根本的な議論を分析
2,100万人の米国市民が運転免許証を持たない現実がある中、米下院は市民権証明を義務付ける選挙法改正案を可決した。しかし、この法案には憲法上の根本的な問題が潜んでいる。
3年連続で可決される法案の中身
米下院は2026年2月11日、SAVE America Act(米国有権者資格保護法)を可決した。この法案は連邦選挙での有権者登録時に市民権の書面証明を、投票時には写真付き身分証明書の提示を義務付ける内容だ。
法案が求める証明書類は限定的だ。有権者登録にはREAL ID(市民権を証明するもの)、米国パスポート、軍人身分証明書などが必要となる。結婚で姓が変わった人の場合、出生証明書が有効な証明として認められるかも不透明だ。
共和党議員108人が共同提案したこの法案について、トランプ大統領は「選挙の国有化」を求めており、上院通過の可能性は低いものの、署名は確実視される。
憲法が定める「投票権」の境界線
法案の合憲性について、選挙法の専門家は重大な疑問を投げかけている。米国憲法は投票に市民権を要求していないからだ。
憲法制定時、投票権についての記述は極めて限定的だった。南北戦争後から1970年代にかけて成立した修正条項で、人種・性別・年齢による差別が禁止されただけで、「誰が投票できるか」の決定権は各州に委ねられている。
実際、建国から19世紀にかけて19州が市民権を持たない「自由な男性住民」にも投票権を認めていた歴史がある。現在でも20以上の自治体とワシントンD.C.が、永住権を持つ非市民に地方選挙での投票を認めている。
連邦議会に権限はあるのか
2013年のアリゾナ州対部族間評議会判決で、連邦最高裁は「憲法のどこにも、連邦選挙の投票資格を議会が設定するという考えを支持する内容はない」と明言した。
憲法上、各州は自州の選挙制度を独自に運営する権限を持つ。大統領選挙では選挙人条項により、下院選挙では憲法第1条と修正第17条により、州議会選挙の有権者資格と同じ基準が適用される。
SAVE America Actの支持者は、議会選挙の「時期、場所、方法」を規制する選挙条項を根拠に挙げるが、これは選挙手続きの権限であり、有権者資格を決める権限ではないと専門家は指摘する。
日本から見た米国の選挙制度改革
日本では戸籍制度により市民権の確認が比較的容易だが、米国の複雑な制度は興味深い対比を示している。日本の選挙管理委員会のような中央集権的システムと異なり、米国では各州が独自の基準を設けることができる。
この分権的システムが、今回の法案をめぐる憲法論争の背景にある。仮に将来、ある州が永住外国人に連邦選挙での投票権を認めた場合、SAVE America Actとの直接的な衝突が起こりうる。
通常は連邦法が州法に優先するが、議会に権限がない分野では話が別だ。この場合、州の権限が優先される可能性が高い。
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