「泣き顔CEO」は他人事ではない? 経営者のSNS活用、その光と影
CEOのSNS活用はブランド認知度を高める一方、「泣き顔CEO」のような炎上リスクも増大。成功と失敗の事例から、現代の経営者に求められるデジタル時代のコミュニケーション戦略を読み解きます。
企業のトップや創業者がSNSで積極的に発信することは、今やビジネスに不可欠な要素とされています。しかし、その試みは時に共感を呼ぶどころか、世間から「痛い」と見なされ、手痛いしっぺ返しを食らうケースが後を絶ちません。
マーケティング会社ハイパーソーシャル(HyperSocial)のCEO、ブレイデン・ウォルレイク氏がその典型例です。彼は従業員を解雇した後の心境を、涙目の自撮り写真と共にLinkedInに投稿しました。この記事は瞬く間に拡散し、彼は「泣き顔CEO」として有名になりました。コメント欄には「自己満足だ」「人を操ろうとしている」といった批判が殺到し、5万7000以上のリアクションと1万件以上のコメントが寄せられたのです。
ウォルレイク氏のような経営者たちは、SNSでの活発な存在感が自社と個人のブランド認知度を高めると信じてきました。しかし現実は、そう甘くはありません。スティーブンス工科大学のアン・ムーニー・マーフィー教授は、「CEOがオンラインで活動することには大きなメリットがある一方で、深刻なリスクも伴います。慎重に行動する必要があります」と警鐘を鳴らします。
◆ 急増する「発信する経営者」とその落とし穴
実際に、SNSを活用する経営者は増加の一途をたどっています。調査会社インフルエンシャル・エグゼクティブのデータによると、フォーチュン500に名を連ねる企業のCEOのうち、何らかのSNSアカウントを持つ割合は2019年の約半分から昨年には約75%にまで上昇しました。さらに、H/Advisors Abernathy社の分析によれば、2024年にはフォーチュン100社のCEOの7割以上が月に最低1回は投稿しており、これは前年比で32%の増加です。特にビジネス特化型SNSのLinkedInが人気で、CEOは平均して月に3回投稿しています。
しかし、その影響力は諸刃の剣です。ウォルレイク氏の他にも、失敗例は枚挙にいとまがありません。
・暗号資産関連企業ブロックワークス(Blockworks)の共同創業者、ジェイソン・ヤノウィッツ氏は、ニュース部門の閉鎖と人員削減を発表する投稿で「記録的な収益」と会社の成長を誇示し、「配慮に欠ける」と非難を浴びました。
・データストレージ企業スノーフレーク(Snowflake)の収益責任者マイク・ギャノン氏は、街頭インタビューで「数年で100億ドルの収益を上げる」と発言。この動画が拡散された後、同社は規制当局への提出書類で「この発言は会社が許可したものではなく、投資家は依拠すべきではない」と正式に火消しに追われました。
・テスラのイーロン・マスクCEOは、事業計画に関するX(旧ツイッター)での投稿が原因で、過去に法廷闘争にまで発展しています。
◆ 炎上は「良い宣伝」になるのか?
一方で、たとえ否定的な注目であっても、結果的にビジネスの追い風になると捉える向きもあります。メディアテクノロジースタートアップZette AIの共同創業者、イェホン・ジュー氏は、「ある日の仕事風景」を動画で投稿したところ、「怠けている」「社会の役に立たない」と酷評されました。しかし彼女は、この炎上によって会社名を含む報道が急増し、製品のウェイティングリストへの登録者も増えた事実に気づきます。「どんな注目であれ、注目されること自体が良いことなのかもしれない、と気づきました」と彼女は語ります。
先の「泣き顔CEO」ウォルレイク氏も、騒動後は投稿前によく考えるようになったとしつつ、SNSの活用自体は今も他の経営者に推奨しています。「泣き顔CEOと呼ばれたいなら、どうぞご自由に。でも実際に私に会えば、泣いている姿より笑っている姿をずっと多く見ることになるでしょう」と彼は言います。
【PRISM Insight】
経営者のSNS発信は、もはや単なる個人の趣味や気まぐれな活動ではなく、高度な広報戦略とリスク管理が求められる経営課題となっています。ペイパル(PayPal)が年収30万ドル以上で「CEOコンテンツ責任者」の役職を募集したことは、この領域が専門家を要する重要な業務であることを象徴しています。経営者の一つの投稿が株価や企業評判を左右しかねない時代において、その発言は個人のものではなく、企業公式チャンネルに準ずる重みを持つと認識すべきです。場当たり的な発信ではなく、明確な目的とガイドラインに基づいた一貫性のあるコミュニケーション戦略が、成功と失敗の分水嶺となるでしょう。
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