毎年3億7000万個！肉なし「ミンスパイ」が英国クリスマスの主役になった意外な歴史

毎年12月、英国ではある小さなパイが3億7000万個も消費されます。その名は「ミンスパイ」。しかし、その名前に反して、今では肉が入っていないのが一般的です。一体なぜ、この不思議なパイはクリスマスの食卓に欠かせない存在となったのでしょうか？その起源は11世紀にまで遡ります。

十字軍がもたらした聖地の味

ミンスパイの原型が英国に登場したのは、11世紀、十字軍の兵士たちが聖地から帰還した頃でした。彼らはシナモン、クローブ、ナツメグといった貴重なスパイスを持ち帰り、それをドライフルーツやスエット（動物性脂肪）と混ぜてパイの詰物にしたのが始まりです。当初は、肉とスパイスを混ぜた保存食としての側面が強かったようです。

クリスマスの象徴、そして禁止令

数世紀後のテューダー朝時代になると、ミンスパイはクリスマスを象徴する食べ物へと変化します。パイはイエス・キリストが生まれた飼い葉桶を模して長方形に作られ、詰物にはイエスと12人の使徒を表す13種類の材料が使われました。羊飼いを象徴する羊肉や、東方の三博士を象徴する3つのスパイスなど、具材一つひとつに宗教的な意味が込められていたのです。しかし、1650年代にオリバー・クロムウェル率いる清教徒議会がクリスマスを「異教の祭り」と見なし、ミンスパイを含む関連料理の調理を禁止したこともありました。

肉なしパイへの進化

禁止令が解かれた後も、ミンスパイは英国の食卓に再び根付きます。大きな転機となったのは1840年代、料理研究家イライザ・アクトンが発表したレシピでした。彼女は肉入りの伝統的なものと、肉を使わない新しいバージョンの2種類を提案。後者が、現代の英国人が親しむミンスパイの原型となりました。現在では、リンゴなどのドライフルーツ、スパイス、そしてブランデーやラム酒といったアルコールが風味の主役です。動物性のスエットもベジタリアン向けの代替品が主流となり、時代と共にその姿を変え続けています。