「二つのイスラエル」——分裂する社会が中東を揺らす
イスラエル社会は、GDP8万ドルのハイテク層と3.5万ドルの超正統派層に二極化している。この経済格差が政治を動かし、対外的な強硬姿勢を生み出すメカニズムを読み解く。
一つの国の中に、二つの全く異なる経済が共存しているとしたら——それは比喩ではなく、今のイスラエルの現実です。
数字が語る「二つの国」
テルアビブ大学の経済学者、エラン・ヤシフ教授は、イスラエル社会を鮮やかに二分して見せます。一方には、一人当たりGDP 8万ドルを誇るハイテク産業従事者たち。イスラエルの労働人口の約 10% に過ぎないにもかかわらず、国のGDPの 約20% を生み出し、政府税収の 約4分の1 を担っています。世界水準の大学、グローバル市場との深い統合、そして自由民主主義への支持——この層は、ある意味で「中東の中の北欧」とも言えるかもしれません。
しかし、もう一方の現実があります。超正統派(ウルトラ・オーソドックス)のユダヤ教徒たちは、現在イスラエル人口の約 14% を占めます。男性の就業率はわずか 54% で、就労している場合も低スキルの仕事が多く、収入は非正統派ユダヤ人男性の平均の 約半分 。超正統派世帯の約 3分の1 が貧困ライン以下で生活しており、一人当たりGDPは 3万5千ドル 程度にとどまります。
この格差はなぜ生まれるのか。超正統派の男性は兵役を免除されており、軍というイスラエル社会の最大の統合装置を経由しません。彼らが通う学校では、数学・理科・英語などの基礎教育が排除され、宗教研究が中心です。その結果、多くの若者が生涯にわたる宗教的研究か、周縁的な雇用かという二択に追い込まれています。
なぜ今、これが重要なのか
この格差が「今」特に重要なのは、人口動態のタイムボムが静かに刻まれているからです。超正統派女性の合計特殊出生率は 6.5 。世俗的なユダヤ人女性の 2.0 と比べると、その差は歴然です。このペースで進めば、2040年代半ばまでに超正統派は人口の 5分の1以上 を占め、2060年代には 3分の1 に達すると予測されています。
縮小する高生産性層が、急拡大する低生産性層を財政的に支え続けることには、物理的な限界があります。すでにその予兆は現れています。2023〜24年にかけて、約 10万人 のイスラエル人が国外に移住しました。経済学者たちの研究によれば、その多くが医師・エンジニア・研究者・IT専門家といった高スキル人材でした。
これは日本の読者にも無縁ではありません。少子化と高齢化による労働力不足、高スキル人材の海外流出——日本が長年向き合ってきた課題と、構造的に似た問題です。ただし、イスラエルの場合、宗教的・文化的な分断という追加の複雑さが絡み合っています。
国内の分断が対外政策を動かす
経済格差は、そのまま政治的分極化に直結しています。高生産性層は独立した司法、自由なメディア、権力の抑制を支持します。一方、低生産性層を基盤とする超正統派政党と宗教的ナショナリスト政党は、ネタニヤフ政権の支柱となっており、世俗的な司法制度を弱体化し、ラビ法廷の権限を拡大しようとしています。
ここに、国際社会が注視する問題が浮かび上がります。ヤシフ教授は、こうした国内の政治力学が対外的な強硬姿勢と無関係ではないと指摘します。ガザへの軍事作戦、ヨルダン川西岸での暴力的な挑発行為、そして最近の対イラン戦争——トランプ政権の支援のもとで実行されたこれらの行動は、メシア的な使命感を持つ右派政権の論理と切り離せないというのです。
イスラエルが批判するイランもまた、原理主義的な宗教イデオロギーに突き動かされています。ヤシフ教授の指摘は辛辣です。「イスラエルは、その宿敵であるイランにますます似てきている」——。
もちろん、これは一つの視点に過ぎません。イスラエル政府の支持者たちは、ガザやイランへの対応は安全保障上の合理的な判断であり、国内の宗教的価値観は民主主義的な多様性の一部だと主張するでしょう。また、アラブ系イスラエル人(人口の約 20% )が経済的に周縁化されている問題も、超正統派とは異なる構造的差別の問題として、この議論に重なってきます。
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