医師免許なき「外科医長官」候補——米国の公衆衛生は今
トランプ大統領が指名した外科医長官候補ケイシー・ミーンズ氏。共和党上院議員4人が資格・ワクチン観に懸念を示し、承認が危ぶまれている。米国公衆衛生政策の行方を読む。
医師免許を持たない人物が、米国1億3000万人の健康を左右する「外科医長官(Surgeon General)」に就こうとしている。
何が起きているのか
トランプ大統領が10ヶ月以上前に指名した外科医長官候補、ケイシー・ミーンズ氏の承認手続きが、暗礁に乗り上げています。上院の共和党議員4人——ビル・カシディ(ルイジアナ州)、スーザン・コリンズ(メイン州)、リサ・マーコウスキー(アラスカ州)、トム・ティリス(ノースカロライナ州)——が、彼女の医療資格、ワクチンに関する見解、そしてウェルネス・インフルエンサーとしての活動に懸念を示しています。
上院保健委員会では、議員たちがミーンズ氏にインフルエンザ、麻疹、新生児への肝炎Bワクチン接種について直接質問しました。しかし彼女は明確な回答を避け、これらの命を救うワクチンを「推奨する」とは言いませんでした。同時に、反ワクチン姿勢で知られるロバート・F・ケネディ・ジュニア保健長官の見解に正面から反論することも避けました。
上院保健委員会の委員長は共和党議員が務めており、4人のうちたった1人が反対票を投じるだけで、彼女の指名は委員会を通過できなくなります。
なぜ今、これが重要なのか
外科医長官は「アメリカの医師」とも呼ばれ、国民に対して公衆衛生上の勧告を行う権限を持ちます。喫煙の害を初めて公式に警告した1964年の報告書も、外科医長官室から発表されました。その職に、医学的な見解を明確に述べない人物が就くことは、単なる人事問題ではありません。
ミーンズ氏は「Make America Healthy Again(MAHA)」運動の著名なインフルエンサーであり、ケネディ長官の近しい盟友です。MAHA運動は食品添加物や農薬への懸念、慢性疾患の原因への問い直しなど、一部で共感を呼ぶ主張を含む一方、科学的コンセンサスと相容れない見解も混在しています。
日本にとってこの問題は対岸の火事ではありません。米国のワクチン政策は世界保健機関(WHO)や各国の公衆衛生政策に影響を与えます。また、製薬企業や医療機器メーカーにとって最大市場である米国で、科学的根拠に基づかない政策が広がれば、武田薬品工業やアステラス製薬など日本の製薬大手の事業環境にも波紋が及ぶ可能性があります。
異なる視点から見ると
支持者の立場から言えば、ミーンズ氏は既存の医療体制に疑問を呈し、慢性疾患の根本原因に目を向けるよう促してきた人物です。米国では肥満、糖尿病、うつ病が深刻な問題であり、「現行の医療システムでは解決できない」という不満は、多くの国民に共鳴します。
一方、懸念を示す共和党議員たちの立場は注目に値します。彼らは党内から反旗を翻しているわけではなく、「科学的根拠のある公衆衛生政策を守りたい」という、より保守的な意味での「正統性」を求めています。カシディ議員は自身が医師であり、ワクチンの有効性を公言してきた経歴があります。
医学界は概して批判的です。ワクチン接種率の低下は、麻疹など撲滅しかけていた感染症の再流行につながるという懸念は、データが裏付けています。2019年には米国内で麻疹感染者が1,282人に達し、1992年以来最多を記録しました。
日本の視点から見ると、「専門性よりも運動への共感」が要職の条件になりうる状況は、専門知識と資格を重んじる文化とは相容れない感覚を呼び起こすかもしれません。しかし同時に、既存の医療体制への不信感は日本でも決して小さくはありません。
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