スポーツは「多すぎる」のか?膨張する試合数の真実
ウィンブルドン、ワールドカップ、NBA、MLB——今夏のスポーツ過密日程は偶然ではない。リーグ拡張の裏に潜む経済論理と、ファン体験の静かな劣化を読み解く。
2026年7月11日の朝、世界ランキング1位のヤニック・シナーと、男子テニス史上最多優勝を誇るノバク・ジョコビッチが、ウィンブルドンの準決勝で激突した。午後にはサッカーワールドカップ準々決勝、スペイン対ベルギー。夜にはMLBの全試合と、NBAサマーリーグのルーキーデビュー戦が並ぶ。これほど豊かなスポーツの一日が、「ありがたい」と感じられるか、それとも「多すぎる」と感じられるか——その感覚の違いに、現代スポーツビジネスの核心が潜んでいる。
なぜ試合は増え続けるのか
今年のFIFAワールドカップは、参加チームが従来の32から48へと拡大された、史上最大規模の大会だ。NFLは2020年にプレーオフを2試合増やし、翌年には約50年ぶりにレギュラーシーズンを1試合追加。さらに感謝祭前夜、ブラックフライデー、クリスマスデーへと放映枠を広げた。NBAは2021年にプレーイン・トーナメントを、2023年にはシーズン中トーナメントを導入。MLBも2022年にプレーオフ枠を拡大した。
ニューヨーク大学でスポーツメディアを教えるスティーブン・マスター准教授(元ニールセングローバルスポーツ責任者)は「触れられていないリーグは一つもない」と断言する。その背景にある論理はシンプルだ。試合が増えれば収益が増える。チケット収入、スポンサーシップ、そして何より放映権料。
数字が雄弁に語る。2005年、テレビ視聴率トップ100のライブ放送のうちスポーツが占めた割合は14件だった。それが2025年には95件にまで膨らんでいる。ドラマも報道もバラエティも、リアルタイム視聴の価値を失っていく中、スポーツだけが「今、見なければ意味がない」コンテンツとして輝き続けている。その結果、Netflix、Apple、Amazonといったストリーミング大手が放映権争いに参入し、価格を押し上げた。NFLは2024年、Netflixに1試合あたり7500万ドルで放映権を売却している。
「見られている」ことと「楽しまれている」ことは別物だ
ここに、現代スポーツが抱える根本的な矛盾がある。
NBAの82試合制を例に取ろう。レブロン・ジェームズやゴールデンステート・ウォリアーズのスティーブ・カー監督といった重鎮たちが長年「シーズンが長すぎる」と訴えてきた。選手たちは体を守るために「ロード・マネジメント」と呼ばれる計画的欠場を行い、ファンはチケットを買った夜に目当ての選手が出場するかどうかさえ予測できない。プレーオフには全チームの3分の2が進出できるため、多くの試合が事実上「消化試合」となる。
ワールドカップのグループステージも批判を受けている。48チーム制になったことで、試合の緊張感が薄れ、勝ち抜きの条件が複雑になった。大学フットボールのプレーオフは12チームから24チームへの拡大計画が進行中だが、支持する声はほとんど聞こえない。
それでも視聴者は見る。マスター准教授は言う。「みんな文句を言う。でも視聴率が出ると、驚くほど高い」。これは消費者の気まぐれではなく、市場の失敗と呼ぶべき現象だ。ファンが82試合目を視聴するという行動は、「82試合制を望んでいる」ことを意味しない。70試合制で全試合がより白熱していたなら、そちらを好んだかもしれない。しかし、その「好み」は視聴データには現れない。
日本のスポーツファンと、この問いの接点
日本においても、この問いは他人事ではない。プロ野球(NPB)は143試合制を維持しているが、観客動員数の回復とともに、試合数やプレーオフ制度の見直しに関する議論は定期的に浮上する。JリーグはDAZNとの大型放映権契約(2024年から10年間で2170億円超)を結び、欧州モデルに近づきつつある。
ストリーミング普及によって「全試合見られる環境」が整いつつある一方、日本の視聴者は長時間労働や高齢化という文脈の中で、そもそも「見る時間」が限られている。スポーツコンテンツが増えれば増えるほど、視聴の選択と集中が求められる——これは、情報過多時代の日本人が他のメディアでも直面してきた問いと重なる。
また、ソニーやKDDIといった日本企業が国際スポーツ放映権に関わる動きも出てきており、グローバルなスポーツ経済の膨張は、日本のメディア産業にとっても無関係ではない。
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