米政府、洋上風力を「買い取り拒否」で潰す新戦略
トランプ政権がフランスのTotalEnergiesに約1,000億円を返還し、洋上風力開発から撤退させる異例の取引を発表。エネルギー政策の大転換が日本のエネルギー戦略にも影響を与える可能性があります。
約1,000億円を払って、風力発電の夢を「買い取る」——これが、トランプ政権が選んだ最新の手段です。
2026年3月、米内務省はTotalEnergies(フランス)との異例の取引を発表しました。同社がバイデン政権下で取得した洋上風力の海域リースを返還する代わりに、米政府は約10億ドル(約1,500億円)を同社に払い戻す、という内容です。TotalEnergies側はその資金を米国内の石油・天然ガスプロジェクトに投資し、さらに「今後、米国では洋上風力開発を一切行わない」と約束しました。
なぜ「建設中止命令」ではなく「買い取り」なのか
トランプ政権は就任以来、洋上風力の開発阻止を繰り返し試みてきました。しかし、すでに建設が始まったプロジェクトに対する法的な差し止めは、裁判所に何度も退けられてきた経緯があります。法的手段が壁にぶつかる中、今回は「交渉による撤退」という新たなルートを選んだわけです。
返還される海域のうち、一つはノースカロライナ・サウスカロライナ沖の比較的小規模なプロジェクト用地です。しかしもう一つ——ニュージャージー州沖東部の「Attentive Energy」と呼ばれるサイトは、3ギガワットの発電容量を持つ大規模なものでした。これはニューヨーク・ニュージャージー周辺の数百万世帯に電力を供給できる規模であり、地元州政府はその代替電源を確保するのに苦慮することになります。
今回の取引の構造も注目に値します。TotalEnergiesがまず米国内の化石燃料プロジェクトへの投資を確約し、その後に米政府がリース料を返還するという順序です。つまり、政府は単に「撤退費用を払う」のではなく、民間企業を通じて化石燃料投資を誘導するという二重の政策効果を狙っています。
エネルギー転換の「逆回転」が意味するもの
この出来事は、米国のエネルギー政策が単なる方針転換を超えた「構造的な逆行」を示している、と多くのアナリストは見ています。
バイデン政権の4年間で、米国の洋上風力産業は急速に整備されました。海域リースの入札、サプライチェーンの構築、州レベルの電力購入契約——これらに投資した企業は、TotalEnergiesだけではありません。BP、Equinor(ノルウェー)、Ørsted(デンマーク)なども大規模な洋上風力計画を米国沿岸で進めてきました。今回の取引が「前例」となれば、他社も同様の「撤退交渉」に応じる可能性があります。
一方で、批判的な見方もあります。環境団体や一部の経済学者は「公的資金を使って化石燃料投資を誘導するのは、二重の意味で問題だ」と指摘します。また、ニュージャージー州など影響を受ける州の知事たちは、代替電源の確保を迫られることへの懸念を表明しています。
日本のエネルギー戦略への示唆
日本にとって、この出来事は対岸の火事ではありません。
日本政府は2040年までに洋上風力で最大45ギガワットの導入を目指す計画を掲げており、三菱商事、丸紅、JERAなどの企業が国内外の洋上風力プロジェクトに積極的に参入しています。米国市場への進出を検討している、あるいはすでに参入している日本企業にとって、今回の政策転換は直接的なリスク要因となりえます。
より広い視点で見れば、今回の出来事は「政策リスク」の問題を改めて浮き彫りにしています。再生可能エネルギーへの投資は、技術リスクや市場リスクだけでなく、政権交代による政策の急変というリスクも内包しています。これは日本国内の洋上風力政策の安定性を評価する上でも、重要な参照点となるでしょう。
日本は島国であり、洋上風力の潜在的なポテンシャルは非常に高い一方、漁業権や防衛上の制約、送電網の整備など固有の課題も多くあります。エネルギー安全保障の観点から再生可能エネルギーの拡大を進める日本にとって、「政策の継続性」をどう担保するかは、米国の事例が示す通り、技術的な問題と同等かそれ以上に重要な課題かもしれません。
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