司法長官は「消耗品」なのか——トランプ政権が示す忠誠の限界
パム・ボンディ司法長官がSNSで解任された。トランプ政権で相次ぐ司法長官交代が示すのは、個人の能力の問題ではなく、法の支配そのものへの挑戦かもしれない。
「忠誠心」だけでは、無実の人を有罪にすることはできない——パム・ボンディ前司法長官が学んだ教訓は、おそらくこの一行に集約される。
SNS一投稿で終わった「忠実な友」
2026年4月、ドナルド・トランプ大統領はソーシャルメディアへの投稿一本で、パム・ボンディ司法長官の解任を発表した。投稿の中でトランプ氏は彼女を「偉大なアメリカの愛国者であり、忠実な友」と称えながらも、次の職場は「民間部門」だと明かした。大統領が民間の就職先を「決定」するという、かつてであれば異例とされた行為も、今の政権では特段の驚きをもって受け止められなかった。
ボンディ氏の司法長官在任期間は421日。彼女の前任者たちと同様、その幕引きは静かではなかった。就任当初から「私たちはドナルド・トランプの指示のもとで働けることを誇りに思う」と職員に宣言したボンディ氏は、大統領が「最も偉大な大統領」と称えるほどの忠誠を見せた。だが、結果として彼女が直面したのは、忠誠心では乗り越えられない壁だった。
トランプ氏がボンディ氏に求めたのは、大統領の「敵」とみなされた人物たちへの刑事訴追だった。ボンディ氏はその要求に応え、次々と捜査・起訴を試みた。しかし、陪審員は証拠のない罪状では有罪評決を下さない。有能な弁護士を持つ被告は無罪を勝ち取り続けた。トランプ氏の怒りは、敗訴を重ねるボンディ氏へと向かった。
繰り返されるパターン——セッションズからボンディまで
この構図は、トランプ政権の司法長官史において繰り返されてきたパターンだ。
第一期政権のジェフ・セッションズは、トランプ陣営への最初の支持者として起用された。だが、ロシア疑惑捜査への関与を自ら回避し、省内の手続きを遵守したことで大統領の怒りを買い、解任された。後任のビル・バーは就任前にロバート・モラー特別検察官の捜査を批判するメモを提出し、いわば「オーディション」を経て起用された。バー氏はトランプ氏の意向に沿いながらも、2020年選挙での不正は大規模なものではなかったと述べたことで関係が決裂した。
そして第二期政権でトランプ氏が選んだのが、いかなる状況でも忠誠が揺るがない人物——ボンディ氏だった。だが、彼女もまた「司法長官は大統領の命令で無実の人を有罪にする力を持てない」という現実の前に敗れた。
トランプ氏の次の候補として名前が挙がっているのは、環境保護庁(EPA)長官のリー・ゼルディン氏だ。大統領が彼を評価する理由は「裁判に勝つから」。しかし、記事が指摘するように、環境規制をめぐる訴訟と、存在しない犯罪を立証する刑事裁判とでは、難易度がまったく異なる。保守派が数十年をかけて環境法の解釈を変え、友好的な裁判官を送り込んできた分野での勝訴と、証拠なき刑事訴追での勝訴を同列に語ることはできない。
日本にとっての「遠い話」ではない理由
この問題を「アメリカの内政問題」として距離を置いて見ることは、日本の読者にとっても難しくなりつつある。
まず、経済的な文脈がある。ボンディ氏が「ダウ平均が5万ドルを超えているのに野党は調査ばかりしている」と批判した時期から、現在のダウ平均は4万6000ドルへと下落している。トランプ政権の政策の不確実性は、トヨタ、ソニー、任天堂をはじめとする日本企業がアメリカ市場での事業計画を立てる際の大きなリスク要因となっている。法の支配が機能しているかどうかは、外国企業が安心して投資できるかどうかに直結する問題だ。
次に、制度的な観点がある。日本でも検察の独立性は長年議論されてきたテーマだ。2010年の大阪地検特捜部による証拠改ざん事件、あるいは政治家と検察の関係をめぐる議論は、「司法が政治から独立しているか」という問いが日本社会にとっても決して他人事ではないことを示している。アメリカで起きていることは、民主主義国家における司法の独立性という普遍的な課題の、一つの極端な事例として読むことができる。
さらに、同盟関係の文脈もある。日本の安全保障は日米同盟を基軸としている。その同盟国の行政府が、法的な規範よりも大統領個人への忠誠を優先するシステムへと変容しているとすれば、日本の外交・安保政策の前提そのものが揺らぎかねない。
記者
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