廃棄物が石油に代わる日:酵素でナイロンを再生する
英国スタートアップEpoch Biodesignが廃棄テキスタイルから酵素技術でナイロン原料を回収。石油依存を断ち切る循環型素材の可能性と、日本の繊維・化学産業への影響を読み解く。
「繊維の梱包一つが、石油一バレルに相当する」——そう語るのは、高校生のときからプラスチック分解の研究を始めたJacob Nathan氏だ。今や彼は、英国スタートアップEpoch Biodesignの創業者兼CEOとして、その言葉を現実に変えようとしている。
酵素が「廃棄物」を「資源」に変える
Epoch Biodesignが開発したのは、廃棄されたナイロン製品を酵素の連鎖反応によって分解し、プラスチックの基本構成単位である「モノマー」として回収する技術だ。回収率は90%以上。残留物は染料のみで、それも別途処理が可能だという。
注目すべきは、微生物ではなく酵素だけを使う点だ。生物は環境変化に敏感で、工業スケールでの安定運用が難しい。Epochは酵素だけを工業サプライヤーから大量調達することで、この不安定さを回避している。まず対象とするのはナイロン6,6——DuPontが開発した高強度合成繊維で、衣料品からエアバッグ、カーペット、クライミングロープまで幅広く使われている素材だ。「代替が難しいほど優秀な素材だからこそ、まずここから始めた」とNathan氏は説明する。
2025年末から2026年初頭にかけて、ナイロン6,6の前駆体価格はスポット価格で最大150%急騰した。石油市場の乱高下が直撃した形だ。廃棄繊維を原料にすることで、この価格変動から完全に切り離せる——それが投資家へのピッチで最も響いたメッセージだった。
Lululemonをはじめ、Exantia、Happiness Capital、Kompas VC、Leitmotifが参加した1,200万ドルの資金調達ラウンドが、その評価を裏付けている。調達資金はインペリアル・カレッジ・ロンドン近郊のデモンストレーション施設に充てられ、2028年には年間2万トンのモノマーを生産できる商業施設の稼働を目指す。
日本の繊維・化学産業にとって何を意味するか
日本は世界有数の繊維・化学素材の生産国だ。東レ、帝人、旭化成といった企業はナイロンを含む合成繊維で長年グローバル市場を牽引してきた。しかし彼らのビジネスモデルは、石油由来のモノマー調達を前提としている。
Epochのような技術が商業スケールに達した場合、原料調達の構造が根本から変わる可能性がある。廃棄繊維が「新たな油田」になるとすれば、それを大量に保有・収集できる企業やリサイクルインフラが新たな競争優位を持つことになる。
日本国内では、衣料品の廃棄量が年間約50万トンに上るとされる(環境省推計)。この廃棄物が原料になるとすれば、廃棄物処理コストが収益源に転換される可能性がある。一方で、既存の石油化学サプライチェーンに依存する企業にとっては、ビジネスモデルの見直しを迫られる局面が来るかもしれない。
全員が歓迎するわけではない
もちろん、課題もある。酵素リサイクルはまだ実証段階であり、2028年の商業稼働はあくまで計画だ。スケールアップの過程でコストが想定通りに下がるかどうかは未知数だ。また、廃棄繊維の収集・分別インフラが整備されなければ、原料調達自体がボトルネックになる。
石油・化学業界の視点では、プラスチック需要は電気自動車の普及によってむしろ増加すると見込まれており、リサイクル技術の台頭を「脅威」と捉える向きもある。バイオ系リサイクルが本当にコスト競争力を持てるのか、懐疑的な声も根強い。
さらに、Lululemonのような大手アパレルが投資家として参加している点は、自社のサステナビリティ目標達成のための「戦略的投資」という側面も持つ。純粋な技術評価だけでなく、ブランドイメージ戦略が絡んでいることも忘れてはならない。
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