グリーンランドの氷の下に眠る「見えない戦争」の教訓
第二次大戦中、アメリカの航空機生産を支えたグリーンランドの鉱物資源。現代の資源争奪戦への歴史的示唆を探る
1940年4月9日、ナチス・ドイツの戦車がデンマークに侵入した時、遠く離れた北極の島が突如としてアメリカの国家安全保障の中核となった。その島の名はグリーンランド。氷に覆われたこの巨大な島が、なぜアメリカの運命を左右することになったのか。
答えは、世界で最も重要でありながら、ほとんど知られていない白い鉱物クリオライトにあった。
「見えない戦争」の始まり
第二次世界大戦は、表面的には軍事的な戦いだったが、その裏では激烈な資源争奪戦が繰り広げられていた。石油やウランだけでなく、ゴムから銅まで、あらゆる戦略物資が戦争の行方を左右した。
フランクリン・ルーズベルト大統領は年間5万機の航空機生産を目標に掲げたが、1938年のアメリカの航空機生産はわずか1,800機。この野心的な目標を達成するには、グリーンランドのイヴィトゥート鉱山が不可欠だった。
なぜなら、この鉱山は世界で唯一信頼できるクリオライトの供給源だったからだ。クリオライトなくして、ボーキサイトからアルミニウムを精製することは極めて困難。アルミニウムなくして、現代的な空軍の編成は不可能だった。
技術が変えた地政学
1940年5月16日、ルーズベルトは議会で警告した。「グリーンランドのフィヨルドから、ニューファンドランドまで航空機で4時間、ニューイングランドまで6時間」。新しい航空技術が世界を縮小し、大西洋はもはやアメリカを守る盾ではなくなったのだ。
アルミニウムは重爆撃機のエンジンの60%、翼と胴体の90%、プロペラの100%を構成していた。しかし、ボーキサイト鉱石からアルミニウムを精製するには2,000度という危険な高温が必要だった。クリオライトはこの温度を900度まで下げる魔法の鉱物だったのだ。
外交という名の綱渡り
ナチスがデンマークを占領した直後、デンマーク駐米大使ヘンリック・デ・カウフマンは反逆罪のリスクを冒してアメリカに支援を要請した。ルーズベルトは巧妙な解決策を編み出す。
公式には中立を保ちながら、沿岸警備隊の「志願兵」15名を鉱山警備に派遣。同時に、グリーンランドを「西半球の一部」としてモンロー主義の保護下に置くという地理的再定義を行った。
この外交的曲芸は、議会の孤立主義者を刺激せず、ラテンアメリカの反帝国主義感情を煽らず、日本にオランダ領東インド(現インドネシア)侵攻の口実を与えないという、三重の制約下での綱渡りだった。
現代への教訓
第二次大戦中のグリーンランドをめぐる駆け引きは、現代の戦略資源競争への重要な示唆を与える。当時のアメリカは「力こそ正義」という枢軸国のアプローチを拒否しながらも、戦略資源へのアクセスを確保する新たな国際秩序を構築した。
戦後、この経験は低関税と自由貿易による相互依存の世界システムを生み出したが、同時にアメリカの軍事基地網と、時として疑問視される正統性を持つ同盟関係のネットワークも構築した。コンゴのモブツ政権支援やイランでの政権転覆支援など、冷戦期の介入政策の原型がここにある。
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