インドネシアの増産チャンスを阻む「自縄自縛」
イラン戦争で石炭・ニッケル価格が急騰する中、インドネシア政府の生産枠削減政策が国内産業から猛反発を受けている。日本の電力・製鉄業界への影響と、資源ナショナリズムのジレンマを読み解く。
価格が上がれば増産するのが市場の論理だ。ところが今、世界最大の熱炭輸出国であるインドネシアは、その逆を走っている。
「売り時」に手を縛られた産業界
イランとの戦争を受けてホルムズ海峡が事実上封鎖され、アジア全域でエネルギー供給への不安が広がる中、石炭とニッケルの国際価格は急騰局面に入っている。通常であれば、世界最大の熱炭輸出国であるインドネシアの鉱山業者にとっては「千載一遇の好機」のはずだ。
ところが現実は逆だ。インドネシア政府はまさにこのタイミングで、石炭とニッケルの生産枠を削減する政策を実施している。目的は価格の下支えにあったとされるが、価格が自然に上昇している今となっては、その政策的根拠は大きく揺らいでいる。国内の鉱山業者や関連産業団体は政府に対し、方針の見直しを強く求めている。
反発は鉱山会社にとどまらない。電力会社もまた声を上げている。石炭の供給不足が現実となれば、発電コストの上昇、さらには停電リスクへとつながりかねないからだ。インドネシアは現在、プラボウォ大統領のもとで国内電力インフラの拡充を国家目標の一つに掲げており、その土台を揺るがしかねない事態となっている。
日本企業はどこに立っているか
この問題は、日本にとって対岸の火事ではない。
日本は長年、インドネシアから大量の石炭を輸入してきた。JERA(日本最大の発電会社)や電力各社にとって、インドネシア炭は基幹燃料の一つだ。イラン情勢によってすでに中東からの液化天然ガス(LNG)供給に不安が生じている中、石炭の安定調達もまた不透明感を増している。
ニッケルについても同様だ。インドネシアは世界のニッケル生産量の約48%を占める最大の産出国であり、電気自動車(EV)用バッテリーの主要原料として需要が拡大している。トヨタやパナソニックなどの日本企業がサプライチェーンの多様化を進める中、インドネシアのニッケル供給の安定性は戦略的な重要性を持つ。
生産枠の削減が長引けば、日本のバッテリーメーカーや自動車メーカーは調達コストの上昇という形でその影響を受ける可能性がある。
資源ナショナリズムの「意図せざる結果」
インドネシアのこの政策は、より大きな流れの中に位置づけられる。同国は近年、原材料をそのまま輸出するのではなく、国内で加工・付加価値をつけてから輸出する「下流産業化(ダウンストリーミング)」政策を強力に推進してきた。ニッケル鉱石の輸出禁止(2020年実施)はその象徴的な政策だ。
生産枠の管理もその延長線上にある。資源を「国家の富」として管理し、国際市場での価格交渉力を高めようとする意図は理解できる。しかし、今回のケースが示すのは、政策の設計と市場の現実が乖離したときに生じる「意図せざる結果」だ。価格を上げるために生産を絞ったはずが、外部要因で価格がすでに上昇し、今度は増産できないという逆説的な状況に陥っている。
政府が政策を柔軟に修正できるか、それとも一度決めた方針を維持し続けるか。その判断が、インドネシアの資源産業の信頼性を左右する試金石となるかもしれない。
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