224億ドルの善意——誰が「公益」を決めるのか
2025年、米国トップ50の富裕層が総額224億ドルを寄付。その35%増という数字の裏に潜む「民主的説明責任」の問題と、慈善活動の集中化が社会に問いかけるものを読み解く。
「公益」を定義する権利は、誰にあるのでしょうか。
2025年、アメリカの富裕層トップ50人(または夫婦)が慈善活動に拠出した総額は224億ドルに達しました。前年比でインフレ調整後35%増という数字は、一見すると喜ばしいニュースのように映ります。しかし、その内訳を丁寧に見ていくと、慈善活動の「民主性」をめぐる根本的な問いが浮かび上がってきます。
「善意の集中」が示すもの
Chronicle of Philanthropyが毎年発表するこのランキングで、3年連続トップに立ったのは元ニューヨーク市長でメディア実業家のマイク・ブルームバーグです。彼一人が2025年に拠出した金額は40億ドル超。これはトップ50全体の19%に相当します。さらに上位10人だけで、50人全体の寄付総額の約4分の3を占めています。
寄付先として最も人気を集めたのは、高等教育機関、病院、医学研究、財団、そして「ドナー・アドバイズド・ファンド(DAF)」と呼ばれる慈善目的の資産管理口座です。この傾向は、1889年に鉄鋼王アンドリュー・カーネギーが著した『富の福音』の時代から基本的に変わっていません。「富を持ったまま死ぬ者は恥を持って死ぬ」という彼の言葉は、今日の超富裕層にも受け継がれているようです。
ただし、注意が必要な点があります。財団への寄付は将来の支出のための「積み立て」に過ぎず、米国法上、財団は保有資産の5%を毎年支出すれば足りるとされています。つまり、今日の「寄付」が実際に社会課題の解決に使われるのは、数年後、あるいは数十年後になる可能性もあるのです。
リストに「いない人」と「いる人」
このランキングを読み解く上で、むしろ注目すべきは「誰がリストに載っていないか」かもしれません。
マッケンジー・スコット(アマゾン創業者ジェフ・ベゾスの元妻)は2025年に71億ドルを寄付したと表明しています。もしランキングに含まれていれば、断然のトップでした。しかしChronicle of Philanthropyは、彼女が2019年の離婚後、寄付に関する十分な情報を開示してこなかったとして、毎年リストから除外しています。
一方、児童ポルノ所持疑惑で調査を受けた(検察は最終的に不起訴とした)実業家デニー・サンフォードは第14位にランクインしています。また、ビル・ゲイツは2026年2月、ジェフリー・エプスタインとの関係についてゲイツ財団のスタッフに謝罪しました。慈善活動の「倫理的基準」をどう設けるか、という問いはいよいよ避けられなくなっています。
もう一つ見逃せないのが、ジェンダーの偏りです。今年のリストで単独でランクインした女性はゼロ。女性は全員、夫婦や家族、共同寄付の形でのみ登場しています。対照的に、男性単独でのランクインは24人に上ります。米国の億万長者の約86%が男性であるという現実が、そのまま慈善活動の世界にも反映されています。
トランプ政権の「空白」を誰が埋めるか
2025年に起きた最も重要な政治的変化の一つは、トランプ政権による米国国際開発庁(USAID)の資金削減です。この動きを受け、一部の研究者は「富裕層の寄付がその穴を埋めるか」と注目しました。
実際、アマゾン創業者の両親であるジャクリンとミゲル・ベゾス夫妻はUNICEFに最大5億ドルの寄付を約束しました。しかし、国際開発や対外援助を明確な優先事項として掲げた寄付者は、50人の中でほとんど見当たりませんでした。政府の撤退を民間の善意が補完できるのか、それとも根本的に異なる論理が働いているのか——この問いは、日本のODA(政府開発援助)のあり方を考える上でも示唆的です。
医学研究の分野では、セルゲイ・ブリン(グーグル共同創業者)がパーキンソン病研究のマイケル・J・フォックス財団に5000万ドルを寄付。フィル・ナイト(ナイキ創業者)夫妻はオレゴン健康科学大学のナイト癌研究所に20億ドルを拠出する計画を発表しました。
「次の世代」が変えるもの
トップ50の大半は60代以上です。今後数十年で、数十兆ドル規模の資産が高齢世代から若い世代へと移転すると見込まれています。慈善活動の研究者たちは、この「大いなる富の移転」が寄付の優先課題を大きく塗り替える可能性があると指摘します。
調査によれば、若い富裕層は気候変動、人種的公正、メンタルヘルスといった課題を重視する傾向があり、高齢世代が好む大学や病院への寄付とは異なる方向性を示すことが多いといいます。財団を設立するかどうかも含め、次世代の超富裕層がどのような形で社会に関与するかは、まだ見えていません。
日本社会との接点で考えると、日本でも「フィランソロピー」の概念は広がりつつありますが、米国のような大規模な個人寄付文化は根付いていません。少子高齢化が進む中、社会課題の解決を「誰が、どのように資金調達するか」という問いは、日本にとっても他人事ではないはずです。
記者
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