ガザの平和は「忘れられた戦争」になるのか
イランとイスラエルの戦争に世界の注目が集まる中、ガザの停戦プロセスは岐路に立たされている。ハマスの武装解除をめぐる交渉の行方と、普通の市民の暮らしへの影響を多角的に読み解く。
「イランとイスラエルの戦争が、なぜ私たちに関係するのか。ここでは物価が2倍になり、物資が入ってこない」——ガザの市場で買い物をしていたハッサン・ファカウィさんは、こう嘆きました。世界の目がイランに向いている今、ガザでは静かに、しかし確実に状況が悪化しています。
停戦から半年、ガザで何が起きているのか
2025年10月、トランプ大統領の「20項目の和平計画」によって、約2年間続いたガザでの激しい戦闘はいったん停止しました。今年1月のダボス会議では「平和委員会(Board of Peace)」の設立が華々しく発表され、2月のワシントン会合では70億ドル(約1兆円)の復興資金が各国から誓約されました。
しかし停戦から半年近くが経った現在、ガザの現実はその約束とはかけ離れています。オックスファムの政策担当、ブシュラ・ハリディ氏はBBCにこう語っています。「私たちの努力の大半は、国境の再開や数リットルの燃料といった、ごく小さな成果のための交渉に費やされています。復興への進展は限られており、ほとんど存在しないと言ってもいい」。
大雨によって過密なテント村では下水が溢れ、電力インフラは依然として機能不全のまま。イスラエルは復興資材の搬入を「ハマスがトンネルや武器の製造に転用する恐れがある」として認めておらず、大規模ながれき撤去も始まっていません。一方、停戦中にもかかわらずイスラエル軍による空爆は続いており、イランとの戦争が始まった2026年2月末以降も、子どもを含む数十人のパレスチナ人が犠牲になっています。
和平交渉の核心:ハマスの武装解除問題
今週、国連安全保障理事会で、平和委員会の上級代表ニコライ・ムラデノフ氏が重要な提案を行いました。ロケット弾や重火器、爆発物、突撃ライフルから始める段階的な武装解除の枠組みです。彼は「武装勢力が武器を置くことは、ガザの生活を数十年にわたって規定してきた暴力の連鎖からの決定的な脱却を意味する」と述べ、見返りとして6〜9ヶ月をかけたイスラエル軍の段階的撤退と大規模復興を提示しました。
しかし、ハマス側の反応は否定的です。ハマス幹部のバセム・ナイム氏はムラデノフ提案を批判し、「2025年10月のシャルム・エル・シェイク合意および国連安保理決議2803に反する」と主張。将来の約束に「実質的な保証がない」として、イスラエルの議題に沿って交渉を「作り直そうとしている」と非難しました。
BBCが取材したハマス事情に詳しいパレスチナ当局者は、ハマスがこの提案を拒否する可能性が高いと予測しています。そうなれば、イスラエルのネタニヤフ首相が示唆する「容易な方法か、困難な方法か」による武装解除、つまり本格的な軍事作戦の再開という最悪のシナリオが現実味を帯びてきます。
「誰もガザを統治していない、ハマス以外は」
ガザの地上では、矛盾した光景が広がっています。ハマスは表向き、政治的に中立な15名からなるテクノクラート委員会への統治権移譲を歓迎すると表明しています。しかし実態は逆で、ハマスの内務省は警察署長の新規任命、臨時本部と拘置施設の設置、新たな治安パトロールの展開を進めています。夜9時以降には覆面をした軍服姿の男たちが数十か所の検問所を設け、車両や通行人を検査。商人たちは商品やサービスへの重い課税を訴えており、これがさらなる物価上昇を招いています。
避難民のハナーさんはこう語ります。「残念ながら、今のガザを支配しているのはハマスだけです。神に祈るしかない。平和が強制され、国民委員会がガザを管理してくれることを」。
一方、国民委員会の上級幹部はBBCに対し、「ガザへの帰還日程はまだ決まっていない」と述べています。20万戸の仮設住宅の搬入と、エジプトで訓練を受けた5,000人の新パレスチナ警察官の配置が計画されていますが、これらはあくまで「始まり」に過ぎないとパレスチナ国連大使のリヤド・マンスール氏は認めています。
なぜ今、この問題が重要なのか
ガザ問題が特に注目される理由は、その「タイミング」にあります。イランとイスラエルの直接軍事衝突という新たな危機が中東全体を揺さぶる中、調停役となるべき国々の外交的エネルギーと国際世論の関心が分散しています。国際危機グループのシニアアナリスト、アムジャド・イラキ氏は「調停者たちの注意がイランに向かう中、ハマスへの圧力も弱まりつつある」と指摘します。
より大きな文脈で見れば、これは「危機の連鎖」という現代の地政学的現実を映し出しています。ウクライナ、台湾海峡、そして中東——複数の紛争が同時進行する世界では、どの危機も「忘れられる」リスクを常に抱えています。ガザの人々が感じている「世界に忘れられた」という感覚は、この構造的問題の象徴です。
日本にとっても、中東の安定は無縁ではありません。日本は原油輸入の約90%以上を中東に依存しており、イラン・イスラエル戦争の拡大はエネルギー価格を通じて日本経済に直接影響します。また、国連平和維持活動(PKO)への参加や人道支援を通じて中東に関与してきた日本外交にとって、トランプ主導の和平枠組みとどう向き合うかは重要な問いでもあります。
記者
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