ジャーナリストの拘束体験をコミックで描く理由
アメリカ人記者ダニー・フェンスターがミャンマー拘束体験をコミックで表現。なぜ今、報道の自由を漫画で語るのか。
176日間。アメリカ人ジャーナリスト、ダニー・フェンスターがミャンマー軍事政権に拘束されていた日数だ。彼は今、その体験を文字ではなく、コミック(漫画)で語っている。
言葉を失った記者が選んだ表現手段
フェンスターはフロンティア・ミャンマー誌の編集者として、2021年のクーデター後のミャンマーを取材していた。空港で拘束され、テロ支援などの罪で起訴された彼は、独房での日々を過ごした。
解放後、彼が選んだのは従来の記事執筆ではなく、漫画家エイミー・カーツワイルとの共同作業だった。「言葉だけでは伝えられない感情があった」と彼は語る。独房の狭さ、看守の表情、時間の感覚の歪み—これらは文章よりも絵の方が直感的に伝わる。
なぜ今、コミックなのか
報道の自由が世界的に脅威にさらされる中、ジャーナリストたちは新しい表現手段を模索している。国境なき記者団によると、2023年には世界で554人のジャーナリストが拘束された。
従来の報道記事は「何が起きたか」を伝えるが、コミックは「どう感じたか」まで表現できる。特に権威主義的な政権下では、直接的な批判記事よりも、個人の体験談として描かれた漫画の方が検閲を逃れやすい場合もある。
日本の読者が考えるべきこと
日本では報道の自由は当然のものと感じられがちだが、フリーダムハウスの2023年調査では、日本の報道自由度は71点(100点満点)で、完全に自由とは言えない状況だ。
特に注目すべきは、デジタル時代における情報統制の巧妙化だ。物理的な拘束だけでなく、アルゴリズムによる情報操作、SNSでの監視、経済的圧力など、見えない形での報道統制が増えている。
コミックが開く新たな可能性
フェンスターの試みは、ジャーナリズムの新しい可能性を示している。日本でも、東日本大震災の体験を描いた漫画作品が多くの人の心を動かしたように、重要な社会問題をより身近に感じさせる力がコミックにはある。
一方で課題もある。コミックは主観的表現が強く、客観性を重視する従来のジャーナリズムとは異なる。読者は「これは一個人の体験」として受け取る必要がある。
本コンテンツはAIが原文記事を基に要約・分析したものです。正確性に努めていますが、誤りがある可能性があります。原文の確認をお勧めします。
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